第104話 灰色の世界

 今日も世界は灰色で、灰色に似つかわしくも、雨が降っていた。天気が変わりやすいのはいつものことで、みんな諦め顔だ。

 皆が、放課後は何をしようねと話をしている。それがとても、遠く聞こえた。実際、距離は離れているのだけれど。

「バカみたい」

 私と同じようなことを、私より年上に見える娘が言っている。とはいえ、彼女は私より年下だ。古代人は、老化が早い。

 可哀想ねと思うよりも、もういない人を思って、私は泣きたくなるのをこらえた。こんなことで一々泣いていたら始まらないから。

 見れば、古代人が孤立している。それはそうだろう。誰だってバカにされて面白いわけがない。それを分かった上で言っているあの娘は、相当だろう。何がそんなにイライラするのか、分からない。心を読めば分かるとは思うけれど、そんな気もない。私は自分の権能が嫌いだった。一時期は好きになれそうだったのに、それは誰かと一緒に、山の中に消えていってしまった。


「バカみたい」

 あの娘が、また言っている。自分に言い聞かせるよう。もう教室には私とあの娘しかいない。私は名前を思い出そうとした。確かそう、ウリナという名前だったはず。

 おじさまと同じ種族かと思うほど、心が荒れているよう。まるで嵐。おじさまは海、という感じだった。実際海を見たことはないけれど、おじさまみたいに広くて揺れない場所なのだろう。

 気付けば目の前にウリナ嬢が立っていた。私を睨み付けている。あらあら、その距離だと心を読まれてしまいますわよ。やらないけれど。

「私を笑うな!!」

「あら、あなたのことなんか、眼中になくってよ? むしろ、なんで自分の事だと思ったのかしら、そちらの方を見た覚えもないのですけど」

 ウリナ嬢は身体を震わせるほど怒っている。私にはそれが分からない。一瞬、心でも読もうかと思ったが、やめた。心は呪詛で満ちているだろうし、そこの中から理由という、あまり価値のない捜し物をするのも、おっくうだ。

「じゃあ何を笑っていたのよ!!」

 私は少し考えた。

「そうね。やっぱり貴方のことを笑っていたのでいいわ」

「おい!」

 その返しが余程腹に据えかねたのか、彼女は私の後ろをついてくる。そのまま玄関までついてきてしまった。もう校庭だ。

「雨だけど、ついてくるの?」

「せめて私の話を聞けぇ!」

「聞いてどうするの」

「私がスッキリする」

 さすが私の年下だけあって子供みたいなことを言う。私がつれないのが悪いみたいな感じになってしまった。小さい子が相手ならしかたないわね。

 おじさまも、そんなことを考えていたのだろうか。いや、なにも考えてなかったな。いいと言われるまま、私はあの人の考えを読み取ってばかりいたから、分かる。私を相手にするときも、羽妖精を相手にするときも、立場や年齢を一切考えていなかった。能力的に厳しいかどうかは考えていてくれていて、いつも手助けしてくれていたけれど。

 不意に泣きそうになってしまった。おじさまはいない。ずっと世界は灰色のままだ。

 なぜかウリナ嬢が慌てている。

「泣かなくてもいいでしょ! まるで私が悪い人みたいじゃない!」

「貴方は関係ありません」

 私は雨の中、外に出た。革靴が濡れないように歩きだした。何故か、ウリナがついて来る。

「文句なら今度にしてくださらない?」

「文句じゃねえ、心配だからきてんだよ」

「心配はいりません」

「でもそっちの方向は寮じゃないじゃん」

「そうね。でも、だから何?」

「だからって……」

 私はうんざりして外に出た。雨だろうとなんだろうと、自分の食事を買っておかなければならない。食堂も自室の厨房も、おじさまを思い出すから行かない。

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