第102話 ニクニッスの仇敵

 人類帝国で東征を繰り返し、大陸を横断してついにはシーリア海に至った者たちの後裔がニクニッス国である。今で言うならばアトテ連合共和国とニグロアルバ重商国にまたがる広大な地域となる。アトテ国を構成するアリスリンド、トリンド、テレスリンドという三獣国を保護という名の植民地化していた国であった。

 この頃のニクニッスは、北大陸のエルフ諸国の中で随一の膨張、拡大志向があった。その矛先はエルフから見ての異族である人間や獣人に向いている。つまり東方へ拡大する方向性を持っていた。

 ニクニッスの東方拡大はこの話を遡ること一〇〇年ほど前、シーリア海で一旦止まったかのように見えたが、さにあらず。

 彼らは魔法による航海技術を開発すると海を越えてアルバ国へ襲いかかるようになった。この戦いで活躍し、ニクニッスを息切れに追い込んで戦争を休止させたのがシレンツィオ(ムデン)である。

 その方法を端的に言えば海上交通を徹底的に阻害して、敵の兵站、中でも輸送中の人員を狙い撃つ、というものであった。エルフの人員育成が人間の何倍もかかることを利用した戦術である。

 当時においてそれは卑怯千万、蛮族の戦い方と散々罵倒されたものであった。もっとも文句を言っていたのはニクニッスとエルフ側だけで、人間はそれらの批判をせせら笑っていた。力押しで攻めるほうが蛮族ではないか、という人間側の言い分である。

 アルバ・ニクニッスの戦い(アニ戦争)は、苛烈であった。アルバ国はこの戦いを人間存亡の戦いであるとして、人間とエルフの人種間戦争であるように演出し、同じ人間の国々の結束や支援を得ることに成功する。

 他方ニクニッスは、その手の政治工作に失敗した。そもそもにして他のエルフ諸国は、ニクニッスの侵略戦争に付き合う気がさらさらなかったのである。エルフの人口増加はひどく穏やかで、生存領域を広げる必要が甚だ薄かった。

 いずれにせよこの工作失敗は長く尾を引き、ニクニッスから遠く離れたルース王国の命運すら決める巨大な伏線になる。


 アニ戦争の全期に渡って、陸での戦いであるところのニアアルバでは人間側はエルフの使用する魔法に大苦戦するものの、大提督シレンツィオはこの事実すらも武器にして戦いを行った。ニアアルバに橋頭堡を確保しているという事実をニクニッスの足かせとして、輸送船団を攻撃し続けたのである。これが、陸上で人間側がもう少し善戦していたら、ニクニッスはそこまで傷を深くすることなく、ニアアルバから撤兵したであろうと言われている。

 しかし実際ではニクニッスはニアアルバで無敵とも言える強さを見せた。あと少し、後一押すればニアアルバ全域から人間を追い出すことも不可能ではなかったことから、これがいたずらに戦争を長引かせることになった。

 そこで当時はシレンツィオを名乗っていたムデンである。彼は当時開発に成功したばかりの青銅砲の大量生産に予算の多くを突っ込んで、魔法の射程外からの戦闘を徹底しはじめる。

 青銅砲。今聞くと鉄器から時代を遡ったような感じがして古臭く感じてしまうが、当時は鉄の大砲より後にでてきた画期的そんざいであった。当時の稚拙な製鉄技術、非破壊検査技術では鉄砲を大型化して大砲化する試みは暴発が多発してほぼ失敗しており、青銅や真鍮でならなんとか大型砲を製造できたのである。

 シレンツィオは青銅砲を大量生産大量整備し、砲戦を基礎として戦いを有利に進め、ついにはニクニッスの人材を一度払底においやっている。もう少し頑張っていれば、あるいはニクニッスを滅ぼすことができたかもしれない。

 そうならなかったのはシレンツィオを含むアルバの指導部が口では種族間戦争を謳っていても、実際にはそう考えていなかったことの良い証左になる。アルバもシレンツィオも、戦争に勝つだけでよしとして、逆侵攻に出るようなことはなかった。アルバは金貨を狙っても領地を狙うようなことはなかったのである。


 では、戦争に実質上負けたニクニッスはどうしたか。彼らは負けを認めず、アルバを滅ぼすと心に誓った。ただ、そのままでは勝てないので、彼らはまず人的資源を獲得することにした。同じエルフ国家を侵略することにしたのである。あるいはニクニッス海軍が没落して、ニクニッス陸軍が主導権を握ってこうなった、というべきであろう。

 陸軍にせよ海軍にせよ、自分たちが活躍することを前提に場所や敵を選ぶのは当然ともいえる所作であった。本邦もまったくそうであったので笑うに笑えぬ。

 ニクニッス陸軍は北大陸でなら海軍に足を引っ張られないと考え、戦場を西に規定し、敵をエルフとした。


 戦争はまず、情報収集からはじまる。ニクニッスは各地に情報収集部隊を派遣していたが、ここでまた仇敵と再会することになる。

 いたのである。何の因果か、別の姿で。

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