第100話 その心は豪華絢爛

「他にもお前たちのような人間がいるなら連れてこい」

 ムデンはゲルダに、そうも言っている。いつも通りの表情である。

 ゲルダはどこからともなく、やってきた巨人でもみたかのような顔になると、彼女の知る人間の理屈を言い始めた。

「連れてこいって、一杯いるよ」

「そうか」

 声も表情も揺れもしない。

「全部にパンをあげて奴隷紋を消すの」

「そうだ」

「やめたほうがいいよ。貴族に睨まれるよ。屋台だってそうだ。ここらを仕切る同業者組合ギルドがほっとかないよ。絶対襲ってくる」

 ムデンの着る外套の長い襟からよいしょとでてきたボーラは滞空しながら胸を張った。淡く輝く鱗粉が舞い上がっている。

「言ったでしょう? 変な人だと。この人こそは”無限抱擁”も持ってないのに誰よりも無限抱擁な人なのよ。その心は豪華絢爛なの」

 ムデンはどうだったかというと、特に表情に変化は無かった。

「でも……」

 ゲルダがなおも言いつのろうとすると、ムデンは初めて、少しだけ口角を動かすとゲルダの頭をなでた。酷く大きな手であった。

「それがどうした」

「”任せなさい。この人は悪魔より強く精霊を前に傷つきもせず、妖精の化物だって口説いて見せる人なんだから”」

 我がことのようにボーラは誇ったが、ムデンは特に何も言わなかった。ゲルダはボーラとムデンの双方を見て、困惑した声をあげた。ムデンはそれにも無表情だった。特に興味がなかったのである。

 そうして、ムデンは瞬く間に山都の路上で生活する子供達を瞬く間に解放して手なずけてしまった。時間にして一週間ほどである。あまりの早業に何が起きているのか誰も分からず、露店などを取り仕切る香具師の連中が動き出すのに随分と時間が掛かってしまった。これじゃ商売あがったりだという訴えを受けて、嫌がらせに向かったときには、すでに山都から外れたところに風変わりな食い物を出す露店が沢山並んでいた。香具師もびっくりである。

 一瞬息を飲んで、いや、この稼業舐められたら終わりであると、前に進んで、おいおい誰の許しで商売してやがると怒鳴ったのが運のつき、次の瞬間には飛んで来た短剣に洋袴ズボンベルトを断ち切られて大笑いの種になっている。それでも洋袴を持ち上げて文句を言っていると、足音を立てない体格のいい料理人が寄ってきて、膝蹴りで打ち倒した。悶絶したところを洋袴を奪われて捨て置かれている。舐められたら終わりという稼業では死にも等しい話であった。

 それで腹を立てたのが香具師、あるいはその団体である同業者組合である。腕の立つ五〇人を集めて真っ昼間から襲撃を行った。


 そして返り討ちにあった。

 襲い掛かろうとしたところで頭目の喉が掻ききられ、溢れる血を抑えようと頭目が手を喉に当てる間に一〇人ほどの親指が短剣によって切られ、なお戦意を失わない者は心臓に石の短剣を突き立てられていた。

 誰がそんなことをしたのか、香具師の誰も分からなかった。悲鳴を上げて逃げ出す香具師たちで逃げ損ねた者が一人いたことにも気付いてない。

 逃げ遅れた香具師の襟から、ボーラが出てきた。不満そうである。

”殺さないでも良かったんじゃないですか”

”殺さない敵を相手に、増長する阿呆はどこにでもいる。だから最小限は殺す”

 逃げ残った香具師は変装の魔法を解いてムデンに戻っている。

”しかし、この魔法は便利でいい、なぜエルフは使わんのか”

”いや、ムデンさん今エルフですし”

”そういやそうだな”

 この事件、白昼堂々だったこともあり、少なくない目撃者がいる。目撃者たちはこの短剣使いを、エルフという少数民族に結びつけて考えた。山奥に住む短剣を使った暗殺に長けた少数民族エルフという既成概念の構築に、ムデンは一役立っている。

 なお香具師の頭目は酷く苦しみながら三日後に死んだ。狙ったのかは定かではないが、治癒魔法が使われぬよう、喉の傷口には大量の銅の破片が残っていた。これらを除去するうちに頭目は失血死したのである。同業者組合は対抗措置として町側に入って来た子供達を殺す命令を出したが、実行しようとした構成員が次々洋袴の帯を切られ、ついには断念した。帯を切るより喉を切った方が簡単であるのは誰の目にも明白だった。

 屋台の同業者組合は屈服した。ムデンとその経営する屋台に触れることは、死と同義になり、口にすることすら法度となった。

 ちなみにこの抗争で官憲は特に動いていない。海に面する国家群は前民主主義とも言える段階まで進んでいたが、ここルース王国ではそこまで進んでおらず、自力救済が普通であった。

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