第99話 テント
ゲルダは自らの胸元を見たあと、ムデンを見た。
「やっぱり大魔術師じゃん」
「そうでもない」
”初級の魔法をあふれる魔力でブッパしただけです”
”そうだったのか”
掛けた本人が、そう思っているのを見て、ボーラは長い溜息をついた。
”どうした”
”いいえー。そうか、無限抱擁持ちじゃなかったんですね”
”失望したか?”
”いえ、そんなもの必要ないムデンさんすごいと思ったのと、とんでもない変人なんだなあと”
”そうか”
”あと、大好きです。この世の理を全部飛び越えて好き勝手やってるムデンさんが好きです”
”そうか”
”恥ずかしがっても良くないですか?”
ムデンは何も答えていない。
「他の子供たちの紋も消さないとな」
代わりにそう口にした。ゲルダは感動して何度も頭を下げた。
「礼に及ばん」
「俺、お嫁さんになろうか」
”おいこら何言うとんじゃいワレ。というか女の子だったんかい! この海のリハクの目をもってしても見破れず!”
ゲルダは背が高めで、糸目であった。体の起伏もなかった。栄養状態というより、もとよりこういう体型だったのだろう。
”ゲルダというのは北の方にいる女巨人の名前だ。昔戦ったことがある”
”さらりと大変な情報ぶっこまないでください”
ムデンは昔、船乗りだった頃を少しだけ思い出したあと、ボーラが傷ついて心配そうな顔をするのを頬を指でなでてあやした。
”昔の話だ”
”ちょいちょいそういうムーブ挟むから悪い男呼ばわりされるんですよ。ムデンさん”
”他人がどうした。俺は気にしない”
”オレサマキングダム! オレサマキングダムですよムデンさん!”
ムデンは羽妖精の抗議を受け流しつつ、ゲルダの頭をなでた。
「そういうのはもう少し大事なときにとっておけ」
「そ、そうなの?」
「そうだ。だが、いつか花嫁姿を見せてくれるなら嬉しいかもしれんな。お前の相手がいい男だったらの話だが」
ボーラはそういうトコですよ! と両手をデタラメに振り回しながらムデンにしがみついている。
”この人は私のだ!”
「う、うん。頑張る」
”こら無視するなー!”
ムデンは苦笑しながら立ち上がった。休憩は終わりである。
ムデンは屋台を引いて街まで戻ると、宿も借りずに子供たちの奴隷紋を消していった。
「ところでお前たちはどこで寝起きをしているんだ」
「道端……だけど」
「ということは、こちらにきてまだそんなに経っていないのだな」
「うん。なんで分かったの?」
「ここの冬は厳しい。路上での生活は無理だな。いや、夏でも涼しすぎる時はあるんだが」
”ムデンさん、魔法で家を立てるのは無謀だと思いますよ。原材料揃えた屋台でも半分くらい魔力消費してたじゃないですか”
”そうだな。やり方を考えないといけない”
ムデンはこういう時、諦めるという言葉を知らぬ。
「場所は郊外にいけばいいだろう。厩かなにかあればそこを改装できるんだが」
もちろんこの山都に馬はいない。山道を馬が登れないのである。山道を歩くことができる小型馬や驢馬もあるのだが、ヘキトゥーラはそれらの馬すら通れないほどの難所があった。杭だけ打った岩壁を歩く場所である。ちなみにこの場所は戦前まで改良されながら使われ続けたが、ヘキトゥ
「となれば、悪魔方式だな」
”悪魔ってあの悪魔ですか?”
”そうだ”
ムデンは帆布を買い求めている。水よけで蝋を塗った帆布は帆だけでなく、この頃色々な場所で使われ始めていた。服もその一つであるのだが、さぞかし着心地は悪かっただろう。現代ではほとんど服に使われることはない。
ムデンは抽出した銅と、そこらの石でそれぞれ魔法で短剣を作りつつ、まっすぐな木の枝を選んで削っている。
”柱にしては細くないですか?”
”見た時はこんな感じだった”
ムデンは木の枝を組み合わせ、帆布に穴を開けると天幕を作っている。これまでにも天幕はあったのだが、ムデンが悪魔の宿営地で見かけたそれを真似たものは、もっと簡易で、簡単に作り、折りたたむことができた。
”あー、悪魔のところにあったやつですね!”
”ああ。三角形の天幕とはな。たしかに三角帆の方が簡易だ。俺も応用が足りんものだ”
”いや、一度見て模倣できるムデンさんマジパネェです”
子供たちも、びっくりである。
「同じものをいくつか作って、家とするか。本格的なものはそのうち作るとしよう」
「やっぱ大魔法使いじゃん」
ゲルダの言葉に、ムデンは何食わぬ顔で口を開いている。
「いや、魔法は短剣を作るときに使っただけだ。過度に魔法に頼るな」
ついでに子供たち用に短剣を作って配った。軽さを気にして全て銅で作ったのだが、銅よりも石の短剣の方が人気があったようである。おそらく銅は直ぐに酸化してしまうからだろう。現代に残るムデンが子供たちに与えた短剣は、いずれも石造りであった。いずれかの段階で交換したと思われる。
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