第98話 古代帝国の衰亡

 さておきムデンはしばらく歩いたあと、休憩をした。

”どうにもこの体は弱くていかん。若返ったはずなのに、歳をどっととったようだ”

”あー。精霊とあったら歳を一気に取ったという昔話もあるので、その真実は種族変化によるものだったかもしれませんね”

”難儀なことだ”

 ムデンはそう考えたあと、同じく休憩するゲルダを見た。息を整えている。

”これではちょっと山を降りて麦を買ってくるということができんな”

”難しいでしょうね。代わりに魔法を使うのはどうですか?”

”体を動かせばいいことに魔法を使うというのは躊躇するな”

”え。時々喋るのを忘れるのに?”

”それとこれは別だ”

 ムデンにとっては本当にそれとこれは別だったようである。その後の彼を見る限り、魔法よりも体を動かすことを常としていたようである。

”まあ、寿命は伸びたんだから、鍛えればいいんじゃないですか?”

”それしかないだろうな”

 ムデンにしてはめずらしくため息をつくと、横に居たゲルダが心配そうに見上げていた。尻を地面につけず、しゃがみこんで休んでいる。この時代、洗濯一つも大変なのだった。

「やっぱり鼠にする?」

「しない」

 ムデンはそう言ったあと、言葉を補足することにした。彼としては珍しい、というよりも、眼の前を滞空しているボーラが険しい顔をしていたからである。

「そんなことを心配するのはあれか。偉い人に連れてこられたというやつに関係するのか?」

「え……うん。 偉い人たちはいろんな魔法使いの力を見てこいって」

「そうか。しかしまた、変わった命令ではあるな」

「黙っているから鼠にしないで!」

”なんで鼠なんだ”

”昔話に魔法使いが人を鼠に変える話があるんです”

”そうか”

”やらないでくださいね? やったら巨大鼠になりますから”

”しない”

 ムデンはそう言ったあと、苦笑した。

「鼠になんかしない。たとえ話をしてもだ」

”いいんですか?”

「いいの?」

「何も対策しないとは言ってない。そうだな。年寄りになったことだし年寄りの変装でもするか。するといざというときに逃げられるだろう」

「鼠にしたほうが早くない?」

「鼠になりたいのか?」

「絶対嫌だ」

「そうか。だったらこの話は終わりだ。だいたいだな。俺はお前たちから情報が漏れるとは思ってない」

 ムデンがそう言うと、ゲルダは身を乗り出すように顔を近づけた。

「なんで? 今日初めてあったのに? 魔法で分かるの?」

「無理やりここに連れ去って命令し、食事を十分に食わせないのと、食事をだす奴、どちらを大事にするかは別に考えるまでもないと思うが」

「それは……そうだね!」」

「ああ」

”甘い、甘いですよムデンさん。邪悪はそんなに単純でもないし甘くもありません”

 ボーラはゲルダにも感じられるようにテレパスを飛ばすと、ゲルダの着ているボロを肩口から引き下ろした。

 甲高い悲鳴とともにゲルダは慌てて胸元を隠そうとした。隠した手の隙間から黒い模様が見える。

”こういうことですよ。ムデンさん。これは奴隷紋の魔法です。北大陸のエルフがよく使う手です”

「奴隷……紋?」

 ゲルダが呆然として言った。自覚すらないようであった。

”はい。奴隷紋です。主人に設定されている者からの命令を必ず守ります”

「そんな……」

 ムデンはあくびをした。ゲルダとボーラが唖然とする中、ムデンは口を開いた。

「同じことだ。結局は飯を食わせたほうが勝つ」

 この時ゲルダとボーラは同じ顔をしていたと思われる。そんなわけ無いだろうという顔である。

 ムデンは空を見上げて、ゆっくり説明を始めた。

「奴隷というのはまあ、昔からあった。遠い昔からだ。多分人間が動物を飼うことを覚えたのと同じくらいにはあった。人間を家畜として使うという考えだ」

”はい”

「それで人間は深くも考えずに奴隷を使い続けた。その昔、アルバに古代帝国というのがあって、その国なんか奴隷を得るために周辺全部に軍を送って奴隷狩りを繰り返した」

「とんでもない悪いところだね」

「ああ。そうだ。ところが古代帝国はあっけなく滅んだ。奴隷が反乱したんだ。反乱は何度も発生して帝国は弱体化し、最後は周辺諸族に攻め込まれて滅んだ。自分で国内に集めていた奴隷に滅ぼされたんだから、なんとも間抜けな話だ」

”待ってくださいムデンさん。確かに社会身分的な奴隷は反乱を起こすと思います。でも魔法ですよ?”

「古代帝国だってバカではない。ちゃんと裏切らないように方法を編み出していた。権能”人類支配”だ。これに加えて”人類支配”を使って操ったエルフの魔法も使っていた」

”え、じゃあそれでどうやって反乱したんですか”

「うん。そうだそうだ」

「なんてことはない。権能を無効にする権能を、周辺諸族の一人が手にしたんだ。確か”無限抱擁”だ」

”無限抱擁はムデンさんの権能では”

”俺の権能は短剣熟達ダガー・マスタリーだ。短剣と名のつく全部の重さを一〇〇分の一にしてその使う力を跳ね上げるやつだな”

”えぇー”

 困惑するボーラをさておき、ゲルダはムデンに顔を近づけた。

「それでどうなったの?」

「一度無効にしたら、あとは一瞬だったと聞く。古代帝国でも生き残った貴族はいたが、そいつらは全員奴隷に十分な急速と飯を食わせていた。結局のところ奴隷を奴隷扱いしてなかった連中が生き残ったわけだ。今から見れば当たり前過ぎる話だ。奴隷は時代にそぐわないものになってたんだな」

「その権能の人に会いに行けば、俺、ムデンさんのこと報告しないでいいかな」

「会いに行くまでもない」

”消えろ”

 ムデンは音もなく手をあげるとゲルダの胸元に手をかざして動かした。

 ゲルダが驚く。奴隷化の魔法陣、奴隷紋は完全に消えてしまっていた。

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