第96話 屋台と魔法

 それでムデンは子供たちを集めて、屋台を経営することにした。

 とりあえずは子供たちを帰して、悪いことはするなよ。また食べたいならここに来い、と伝えている。

 襟から顔を出したボーラが、肩に乗った。

”なんで人払いしたんですか?”

”屋台を作らないと行けないからな”

”なるほど。器用ですね。でも道具はあるんですか?”

”魔法でどうにかならんか。エルフの船は魔法で作られているようだったから、なんとかなると思うんだが”

”うーん。魔法の濫用は世界に良くないんですが……”

 ボーラはそう言った後、小さくため息をついた。

”まあ、そうですね。この際ですので、秋津洲の魔法を覚えましょうか。もっともそれしか知りませんけど”

”頼む”

 ボーラはメガネを魔法で生成するとハンカチのドレスを白衣に変化させた。

”まずやっては駄目だなことです。無からものを生じさせないでください。変化や操作は良くても、無からものを生じさせると莫大な魔力を消費します。それはそのまま惑星の状態を悪化させます。魔力は本来惑星を正常な状態に保つために大循環をしているのです”

”なるほど”

”変化もなるべく重量や原材料の等価性を意識してください。足りない分を魔力でどうにかしようとすると、無からものが生じてしまいます”

”ふむ。ところで火の珠はどうなのだ?” エルフがいつも使っているあれも、無から生じてはいるが、物、ではないよな”

”現象を生じさせている魔法ですね。あれも自然界にはまったくないことなんで莫大な魔力を消費します。広範囲を高熱にするなんて、めちゃくちゃです。せめて幻術くらいにしてください。あれなら目に作用するだけなので魔力をあまり消費しません”

”なるほどな。分かった。”

 それでムデンは山に入ると、適当な倒木を拾って担いできている。

”虫食いだらけですよ?”

”まあなんとかなるだろう”

 ムデンはそう言って大雑把に倒木を並べると、目を瞑って心を落ち着けた。

「”屋台になれ”」

 そうするとゆっくりと倒木が形を変えて組み合わさり、最終的には屋台になった。

”まあまあだな。問題は金属部分だな。鉄板や鍋がいる。炉はまあ、石でもなんとかなるか”

”魔法では鉄を生成することも変化させることもできませんよ”

”何故だ?”

”神話では鉄の神が別の腹から生まれたせいとも、神がうっかり鉄に言い含めるのを忘れていた、ともいいますけど”

”どちらにせよ神々しか分からん、ということだな”

”そうなりますね”

 ムデンはしばし考えた後で、ムカデを探している。ムカデの多い場所には金銀銅が取れると、昔から言うためである。

 ムデンは大きな岩に手を当てると、再び心を落ち着けた。

”銅が集まる”

 するとムデンの手のひらに向かって岩の中の銅が集まり始めた。

”おそらくはこうやってエルフは必要な金属を集めているんだろう”

 それは鉱山が目に見えてなかったことからの、類推である。

 ボーラは出てきたひとかたまりの銅を見てため息をついた。

”いっそのこと金を呼び出せば良かったのでは”

”それでは子供たちのためにならんな”

 ムデンは、ゆくゆくは子供たちに屋台を任せようと考えていた。一度の施しより大事に使えば何年も使える道具を与える、というのは古代帝国からのアルバの伝統であった。

 屋台を生成して石を飴のように変形させて炉を作ると、ムデンは一度休憩をしている。

”この身体は疲れる”

”体内の魔力切れだと思いますよ。ムデンさん”

”そうか”

”一日休む大抵は回復すると言われています”

”食い物はどうだ”

”ムデンさんが見つけたやつですよね。そうですねえ。休むという中には当然食事も入っているでしょうから、実際は食事だったのかもしれませんね”

 そうか、と納得するとムデンは料理を作っている。先程のメンタクロッケをまた作るのである。

”味的に飽きません?”

”変化をつければ良い”

 ムデンは腰に下げた小さな樽から酢を取り出し、これを火にかけてまろやかにしつつ、塩で味を整えている。

”これをかけて食う”

”味変ですね! いただきまーす”

 ボーラは食べたあと、翅を震わせた。

”甘酸っぱいのが合いますね。むしろこっちのほうが美味しいかもしれません”

”それはそうなんだが、上にものがかかっていると、どうしても短剣がいるからな”

 この時代は短剣で料理を食べる。属人器であり、個人個人が持っている。そして貧しい子供たちはこの短剣を持っていなかった。手で掴んで食べないといけなかったのである。

 ボーラははっとした顔のあと、ムデンを見上げて笑みを浮かべた。

”まったくムデンさんは優しい人ですね!”

”優しくはないな。ただ細かいことに気付いただけだ”

”照れ隠しでないあたりがマジ、ムデンさんですね”

”照れるか。母親の腹に置き忘れてないといいんだが”

”ホントですよ。私はムデンさんが照れているところみたいです。どうすればいいですか?”

”想像もつかんな”

 ボーラは翅を下ろしてため息。まあそうですよねとつぶやいたあと、悔しそうにムデンの外套を引っ張った。

”恥ずかしがってー!”

”男が恥ずかしがって何がいいんだ”

”私は大興奮しますがなにか”

”そうか”

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