第95話 メンタクロッケ

 ところで北大陸のエルフは魔法、または魔法技術として魔法感知を使うことができないとは、前巻にて書いた。ゆえにボーラの読みは完全に大外れなのだが、ムデンはボーラの言葉を疑いもせず、幼年学校に忍び込む作戦は沙汰止みになってしまっている。

 ムデンは肩をすくめると、ボロを着た子供たちの方へ寄った。若返ったとは言え、いや、若返ったからこそ、ムデンの顔と目には威圧感がある。子供たちは射すくめられたように身動き取れずにいた。

”ムデンさん、魔力で威圧しています”

”魔法というものは難しいものだな”

”そうですねえ。まずは身体から溢れないように訓練しましょうね”

”そうだな”

「お、俺達金なんか持ってないぞ」

「食べてもおいしくないよ」

 子供たちが口々に言う。口、口とムデンは思ったあと、口を開いた。

「金なら俺もない。が、昼飯を食おうと思ってな。手伝うなら食わせてやるぞ」

 子供たちは顔を見合わせた。

「ホントかよ。騙すつもりじゃないだろうな」

「俺のいうこと、やることが怪しかったら、ばらばらになって逃げ出せばいいだろう。俺の身は一つだ。大部分は逃げられる」

 ムデンがそう言うと、一番大きな子が一番小さな子を抱きしめて身震いした。

”ムデンさん。全力で怖がられています!”

”まったく魔力というものもこまったものだ”

”いや魔力はあんまり関係ないのでは”

「大丈夫だ。今から背を向けて歩き出すから、ついてこい。それなら全員でも逃げられるだろう?」

 ムデンはそう言うと歩き出した。子供たちは迷った後、結局ついてきた。空腹には勝てぬようであった。

「俺達本当に金持ってないし、おいしくないからな!」

「それはもう聞いた」

”あーもう、ムデンさん、塩対応すぎですよ!”

 襟からボーラは顔を出すと文句をいい、びっくりするエルフの子供たちに告げた。

”この人は怖いですけど、子供には妙に優しい上に料理を振る舞うのが趣味なんです。良かったですね!”

 ムデンはボーラの説明も相当下手なのではないかと思ったが、何も言わなかった。

 ムデンたちが向かったのは市場と住居の外れ、手入れされていない道端である。雑草があちこちに顔を出していた。

「今から言う草を掘り出せば料理を作ってやる」

 ムデンが掘って見せたのは道端でもよく見かけるキクイモである。それと、薄荷(ミント)であった。もっとも本邦の薄荷と比べて北大陸のそれは清涼感が弱い。

「油代は俺が出す。取ってこい」

 子供たちは恐る恐ると探してくる。ムデンは沢で軽く洗うとキクイモを茹でた。茹で上がったそれを丸い石を臼に見立てて潰し始める。

”魔力対策ですね。ムデンさん”

”一応な”

 ムデンは薄荷を少しづつ潰したキクイモに混ぜて、こねて玉にした。これに古くなったパンを砕いたパン粉をまぶし、小鍋に入れた油で煮ていくのである。

 この料理を、メンタクロッケと言う。メンタとは薄荷のアルバ語読みである。この料理、アルバでは大昔からある屋台料理で、今も簡単に買い求めることができる。ただ当時と違ってキクイモではなくジャガイモになってしまっている。当然、ジャガイモで作ったほうが美味であるが、ムデンの生きた時代にはジャガイモは未発見であった。ジャガイモが登場すると人間とエルフの力関係は人間側に大きく傾き始める。それだけ優れた食料なのだった。

「できたぞ」

 ムデンは揚げたてのメンタクロッケを子供たちに分け与えた。本邦ではまったくと言っていいほど見ない、清涼感あふれる芋料理、それも揚げ物である。子供たちは熱い、熱いと言いながら口に含んで、しばらく審議中、という顔をした。さもありなん。人間、あるいはエルフであろうと、まったく予想のできない、経験もしたこともない料理というものは、採点すらできないものである。

「なんかわからないけど、腹いっぱい食べたいね」

 一番年長の子がそう言うと、ムデンはまろやかに笑って、そうかと返した。

 それからはどんどんとメンタクロッケが作られることになった。揚げ物に使った食用油はすぐに悪くなるので使い切ってやろうという魂胆である。子供たちに腹いっぱい食わせたいと、そう思っていたのかもしれぬ。

 いずれにせよ、ムデンは子供たちがもう大丈夫、と言うまでメンタコロッケを作り続けた。

”ムデンさん。油、高いんじゃなかったんでしたっけ”

”飯屋で全員に買い与えるよりはやすい。それにしても魔力の影響はまだまだありそうだな”

 ムデンは山盛りに取れたキクイモを見てそう言っている。薄荷についてそう言ってないのは、薄荷はいつでも豊作だからであった。薄荷は馬肥やしとも雑草王ともいうほど繁殖力が強いのである。これより繁殖力が強いのは悪魔の植物こと、葛しかない。

 ムデンはしばらく考えた後、子供たちを見た。

「どうだ。これで商売をやらんか」

 ムデンが考えたのは、キクイモ料理の屋台を立ち上げて金を稼ぎ、子供たちに食わせようというものだった。

「これ、不思議すぎる味なんだけど、買ってくれるかな」

 正直すぎる意見を一番年上の子が言った。ムデンはいい笑顔で、なに、他の料理もあるさと言って器用に片目を瞑っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る