第三章 ドルチェ
第94話 (第三章)私の性的な趣味嗜好は捻じ曲げられた
◯私の性的な趣味嗜好は捻じ曲げられた
私の性的な趣味嗜好は捻じ曲げられてしまった。
望んでそうなった理由(ルビ:わけ)では無い。ただ出会いが悪かった。
人生の一番寂しかったときに、出会ってしまったのだ。その人は風変わりな料理を作る人だった。どこか遠くから来たのであろう、血に似た匂いのする人。
同い年のはずなのに、酷く老けた顔をしていた。物知りなのに物知らずで、魔法も使えないのに魔法のようなことをいつもしていた。
何よりも私の能力を、全部分かった上で気にしていなかった。
一体どんな人生を送ればそんな風になるのだろう。幼い私はそんなことばかりを考えていた。彼が魔法のような手業で屋根上に連れて行ってくれた時、その思いは別のものになった。別のものになってしまった。
この人と一緒なら、どんなことも楽しかろう。実際それはその通り。私は私を恐れる視線も、私をやっかむ声も、気にならなくなった。
楽しい、楽しい日々だった。その頃にはガットもいた。
でも、楽しい日々はすぐに終わる。人生は悲しいことが多いようにできているから。
彼は来たときと同じように唐突に居なくなった。
私は毎日、彼が帰るのを待って、待てなくなると自分で探しに行った。破壊された遺跡にも行った。あの人の痕跡のようなものを見つけたこともある。焚き火のあと。
それだけ。ええ。それだけ。授業で習った捜索の魔法を使っても、何も見つけることはできなかった。魔法も使えないのに、またも魔法のようなことをしていたのだ。あの人は姿を消してしまった。
”寿命だったんだよ。あなたに死に目を見せたくなくて消えたんだよ。”
寝台の中にいると、そんな囁きをしている自分を見つけた。そうかもしれない。あの人は私に格別に優しかったから。それぐらいはしてしまうかもしれない。
でもそれだったら最後の最後まで私のそばに居てほしかった。後何日かでも。
そうしたら、そうしたら。
そうしたら私は泣いたろう。でもその後で前を向いて歩けた気がする。
実際はどうか。実際はあの人が生きているんじゃないかと、心の何処かで思ってしまっている。あの人に似た背丈の人を見るだけで心臓が高鳴ってしまう。
私はもう駄目なのだ。最近いいなと思った人が、全部老け顔になってしまっている。
おじさま……。
(1)
主観的には一日ぶり、客観的には7年ぶりに山都に来たのだが、ずいぶんと様変わりをしていた。元より人が多かったが、さらに増えている。通りをまっすぐ歩くことも難しいほどであった。
”何があったんでしょうね? ムデンさん”
襟に目だけを浮かべて、ボーラはそんなことを尋ねた。目はしっかりと左右を見ている。
”そうだな”
シレンツィオ改め、ムデンは、こういう時まず観察していたと記録にある。この時もそうだったのだろう。道の端にそれとなく寄って、いつもの眠そうな、あるいは値踏みするような目で周囲を見ていたはずである。
”普通に考えれば、道が拡充された、というところなんだろうが、違うようだな”
”なんでそんなことが分かるんです?”
”食料がさらに高くなっている”
”あー”
物の値段から物流量を想定するのは、この時代、船乗りや海上商人の専売特許と言ってよい。彼らはその力で海洋世界を縦横に行き交っている。より高く売りつけ、より安く仕入れるための努力である。
ムデンは分析した後で、わずかに眉を潜めた。
”にもかかわらず人が増えたのか”
”学校の行事ですかねえ”
”そういう風にも見えないが。あのあたりの子供たちなど、どう見ても路上生活しているように見える”
ちなみにムデンの故郷であるアルバでは、こういう子供たちはすぐに船乗りにさせられてしまう。縄で縛られて船に運ばれて、そのまま船員に仕立てられるのである。この運命は女ですら例外ではなかった。それぐらい、海上交通が盛んになっていて人手が足りていなかったのである。
一方でルース王国は、こんな山の中にある、寒い地方都市でも路上生活者がいる。
”妙な話だ。ああいうのは、普通栄えた温暖な都市にいるのだがな”
”そうですねー”
ボーラは興味なさそうにそう答えたあと、襟から顔を出した。
”街まで戻ってきましたけど、ムデンさん。これからどうしますか?”
”この身体では、シレンツィオとは認めてくれんだろうな”
ムデンの身体はいまや立派なエルフである。種族は変わってしまっているし、身体の傷跡すら消えてしまっている。同一人物と認めるのは誰であれ難しかろう。
”性悪幼女に心を読んでもらえばいいのでは!”
”それが一番手っ取り早いが、さて……”
問題はそれを行うにも学校に入らないと行けないのである。学校に入るために学校に入らなければならないという事態に陥っていた。
”いっそ忍び込むか”
”難しいと思いますよ。ムデンさん”
”そうなのか?”
”はい。今のムデンさんは魔力がだだ漏れしているので一瞬で気づくと思います。魔法感知で一発です”
”そうか”
ボロを来た子供たちが腹を空かせている。
シレンツィオは少し考えたあと、まあいいかと歩き出した。
”こういう時は風が吹くまで待つのがいい”
”風、来ますかね?”
”船乗りは一度しか風を読み間違えないもんだ”
”その一回で死んでるからじゃないですか。ヤダー!!”
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