第93話 ボーナストラック
◯ボーナストラック
これは、ムデンがシレンツィオだった頃、山を降りる途中のこと。
以前は一息で行けたのに、シレンツィオは疲れて一度休んでいる。これも種族が変わったせいか。
木々の根から飛び出したような岩の上に座り、シレンツィオは酒だった酢を飲んでいる。他に口にするものがないのだった。
ボーラはどうかというと、得意の絶頂であった。
”ベ、ロ、チュー、ベ、ロ、チュー!”
自作の変な詩を歌っている。
”ときは来た! 約束のときが!”
そんなことを言ってシレンツィオに無視されている。無視というよりもシレンツィオはいつも通り、興味なさそうであった。
ボーラは羽をしおれさせて、墜落している。慌てたシレンツィオに拾われている。
”どうしたどうした”
”そこは恥ずかしそうにすべきです”
”そうなのか”
”はいっ”
ボーラはシレンツィオの手のひらの上で正座してそう言った。シレンツィオはそうかとうなずき、恥ずかしい顔とはどうだったかなと考えている。ボーラは一分ほど待った後、顔を真っ赤にして怒り出した。
”もういいです! また母親の腹の中に置き忘れてきたんでしょ”
”そうかもしれん”
”口づけしますからね”
”いいぞ”
ボーラはこともなげに言われた後、深呼吸して、自らの頬が赤いのを気にして手のひらを添えた。色が引いてくれることを期待している。
しかるのちに決心し、口づけをした。思いっきり舌をシレンツィオの唇の間に押し込んだ、のだが。
二妖精の身長差は大きく、シレンツィオはベロチューなる言葉の意味をついに理解することはなかった。舌が入っていることに気づかなかったとも言う。ボーラが拗ねたのは言うまでもない。
襟から出てこなくなったボーラにため息をついたあと、シレンツィオは機嫌を取るための料理を考えるのだった。
”りんごはどうだ”
”いやらしいヤツのほうがいいです”
”いやらしいりんごか……”
襟に大きな目が浮かび上がった。怒っている。
”分かって言っているでしょ!”
”そんなことはない”
それでシレンツィオはいやらしいりんごという新たな料理を作り上げるのだが、それはまた別の話になる。
第三章 または北海道へ
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