第92話 エンディングセレモニー

◯エンディングセレモニー

 シレンツィオはエムアティに日記を返却した後、母娘に見送られて山都へ向かっている。

”報酬とか要求しても良かったんじゃありません?”

 肩の上に座ったボーラが、そんなことを言う。シレンツィオは何の興味もなさそうに、肩をすくめただけであった。

”そんなことだからアルバから追い出されちゃうんですよ。シレンツィオさん”

”追い出されたつもりはないが、まあ帰るつもりはないな”

”そうなんですか?”

 不思議そうなボーラに、シレンツィオは親指を自分の長い耳に向けている。髪は銀色になってしまっている。

”この姿だ。手紙ではどうとでもごまかせるだろうが、実際に会うのは無理だろう”

”あー。そうですよね。私も体の組成が変わったみたいで”

”大丈夫なのか”

”多分。でも重大な変更がかかったんでもう女王のところには帰れないですねえ。マージしたら大変なことになっちゃう”

”マージがなにかは分からんが、思えば妙なことに付き合わせた。すまんな”

 シレンツィオが詫びるので、ボーラは微笑むとその顔に寄り添った。

”いーえー。感謝してるくらいです”

”そうなのか”

”はい。シレンツィオさん、多分寿命がだいぶ伸びていると思うんですよね。エルフみたいになったんですから”

”そうか”

 シレンツィオはなんの興味もなさそうな顔でそう考えた。その可能性はもう考えていたし、シレンツィオとしてはどうでもよかった。寿命で死ぬということを老衰と結びつけることが難しい時代である。人間あがりのシレンツィオにしてみれば、死ぬまで生きる程度の感覚しかない。

”多分、私もですよ?”

”何がだ”

”寿命です。シレンツィオさんが人間じゃなくなったみたいに、私も羽妖精じゃなくなっちゃいました。寿命も伸びてる気がします。良かったですね。シレンツィオさん”

”そうだな。それは素直に嬉しい”

 その言葉を聞いた時のボーラの表情たるや、蕩けそうなものであった。続いて恥ずかしくなって、顔を隠した。

”やっと私のことを大好きだって認めたようで!”

”この程度でか”

”シレンツィオさんのいけず、いいんです。この程度で”

 ボーラは晴れ晴れとした顔を向けている。続いて、頬を赤らめて満面の笑み。

”だってこの先長いんですから、楽しみは少しずつ、ですよ”

”そうか”

 二妖精はしばし、黙って歩く。片方がテレパスを送ったのは、空を見上げ、太陽の位置を確認してからだった。

”シレンツィオさん、大変です。あれから七年経っているみたいです!”

”昔話であったな。妖精の国に行くと時間の流れが違っていたと”

”ずこー。なんですかその塩対応。そこはな、なんだってーですよ”

”種族が変わって、精霊が実在したんだ。驚くに値しない”

”そう、それです、妖精じゃなくて精霊だったんですねえ”

”そうだな。一応妖精の国の話とは思うんだが”

 シレンツィオはそう考えた後、自らの頭を掻いている。

”まさか短剣の収集品コレクションを手放すことになろうとはな”

 シレンツィオは死ぬ最後まで、あるいは棺桶の中にまで短剣を持って行くつもりだったようである。今はそれも、山の中だ。

 ボーラはシレンツィオの頬に口づけした。

”生きるってことは変わることだよってガーディさまは言っていました”

”そうか”

 シレンツィオはもう一度そうかとつぶやいたあと、偽名を考えなければならんなと言った。

”そうですね。さすがにシレンツィオはダメそうです。何にするんです?”

”トンボの大島風の名前にするか。誰も行ったことがないだろうから素性をごまかしやすい”

”いいですね。じゃあ私が名前をつけてあげます!”

”いいぞ”

”えへへ。じゃあムデンで!”

”意味は?”

”何も伝わってない。つまり、無伝です!”

”なるほど。いい名前だ。そうしよう”

 シレンツィオはムデンとなり、羽妖精とゆっくり山都へ降りて行った。

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