第82話 感想戦
中庭に面した長い廊下を歩いていると、ボーラが襟から姿を見せた。
”過去一番佃煮の恐怖を感じました”
”そうなのか”
”というか、あの状況で話をねだるシレンツィオさんマジシレンツィオさんという感じでした。空気読めないのもあそこまで行くと立派な対魔法魔法ですよ。強制力のある魔法の言葉をちょろく無視してましたもん”
”なるほど、ああいうのも魔法なのか”
”ええ。意思が入ったエルフの言葉は、それだけで魔法です。部屋がどんどん、変わっていってましたよね”
”ああ。それも不思議な話だな”
”不思議なのはそうかですませられるシレンツィオさんですが……。エルフの言葉は万能なので馬とも話せますし、見た通り、魔法でもあります”
”意思が入っていたからだな”
シレンツィオはそれだけで話が終わった風。ボーラはそれを追いかけて、シレンツィオの顔の前に出た。
怒っているのか通常より翅の動きが慌ただしい。それで舞った鱗粉が、シレンツィオの顔にあたっている。
”話は終わってません! 私が言いたいのはその捨鉢な生き方は駄目ってことです”
”翅が揺れすぎだ”
”なにか問題でも?”
”傷つけるかもしれないと思うと頭が撫でられない”
翅の動きがにわかに弱くなった。というよりも、止まった。落ちそうになるのをシレンツィオが手のひらで支えた。
”ど、どうぞ”
シレンツィオが頭を指の先で撫でると、ボーラは心底悔しそうな顔をした。惚れた弱みであった。
”これくらいで私の怒りが許されると思わないでください!”
”怒っていたのか”
”せめて話を聞いてください”
”別に聞き逃してはないと思うが”
シレンツィオはいつも通りの表情のまま、自分の手をみた。手のひらに妖精の鱗粉があった。
”今度はちゃんと聞いてください。重要かもしれない話です”
”どうした”
”校長の話は嘘ではないと思いますけど、ありえません”
”そうなのか”
はい。もし校長の言っていることが本当だったら、北大陸のエルフとは思えない年齢になっているはずです”
”そういうものは詮索しないものだ。賢明なアルバ男ならな”
”そういうのじゃなくて、話が全部本当なら、エムアティ校長の年齢は数千歳です”
”まあ、エルフとはそういうものだと思うが”
”秋津洲ならそうです。でも北大陸のエルフの平均からすると一〇倍以上の長生きです。話を鵜呑みにするならルース王国成立から存在していたことになります”
”そう言われると凄い気もするな。そんなに生きてどうするのかという気もするが”
”長命は羽妖精以外のすべての種族の夢なのでは?”
”どうかな”
シレンツィオは冷淡だった。
”俺は思うんだが、古代帝国の連中が今も生きていたら、当時と同じように奴隷を狩るために軍隊を組織して、周辺を荒らし回って、農地に塩を撒くようなことをしていたろう”
”あー”
”昔は女を男の付属物みたいに扱っていたそうだ。略奪婚というのもあったな。そういう先祖がまとめて全部死んでるから、多少世の中はマシになっている。寿命というものはそこまで悪いものじゃない。それは今も、未来でも同じだろう”
”んー。言っていることは精霊魔法的に否定できないんですけど、シレンツィオさんやさぐれてませんか”
”俺を癒やすんだろう?”
”そうですね……”
ボーラはシレンツィオの顔の前で滞空して、額に触れた。
”癒やします。だからそれまで死なないでくださいね”
”お互いにな”
”はい”
シレンツィオは微笑むと思いついたことを口にした。
”そうか、エルフの頭が硬いという話だが、寿命の問題なのかもな。歳をとると保守的になる”
”それもあるかも知れませんね。確かめようがないんですが”
”まったくだ”
”それで話を戻すんですが、エムアティ校長、変です。異常と言っても良いのでは”
”それくらいはさすがの俺にも理解できたぞ。なにせ若返っていたように見えたからな。あれも今回のものと関係があるのかどうか……”
”関係あるかもしれませんけど、だとすればますます状況がワケワカランチンになりません?”
”そうか”
”マイペース!! シレンツィオさんマイペースですよ”
”今度はどういう意味の古代語だ”
”オレサマキングダムと同義ですね。他人を気にしてない様子のことです”
”なるほど。ちなみに俺はいつでも俺の気に入ったやつのことに気を使ってるぞ”
”本気で言ってるところがすごいですよね。シレンツィオさんのこと、大好きなんですけど生きているうちに理解できる気がしません”
”理解したら面白くないだろう。これでいい”
”そうですね!”
半ば投げやりにボーラはそう言っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます