第80話 捕縛命令

”食い物が悪くなりにくい冬にも関わらず時間とともに悪くなるのか”

”そうみたいですね。どういう理屈だろう”

 ボーラも出てきて腕を組んで考えている。

”とはいえ、時間とともに悪くなるのでしたら、腐るのと同じような感じなんでしょうね。対処も参考できるのでは”

 ボーラの言葉に、シレンツィオは重々しく頷いた。。

”そう思ったんだが、新鮮なものなら大丈夫かというとそんなこともないのが悩ましい”

”そうですねえ”

 ボーラは考えた後、シレンツィオの顔に近づいた。

”パスタ、作った直後なら大丈夫ですよね”

”ああ”

”ここは作りたてで行くしか”

”そうなんだがな。それだと量が作れない。助けることができる人数が相当限られる”

”一部だけ助けると言わないシレンツィオさんが好きです”

”そういう話だったか”

”そういう話ですよ。んー”

 ボーラは飛び回った後、指を突き出した。

”食堂の人たちの力を借りるのはどうでしょう”

”それだが、どうも逮捕されているらしくてな”

”あー”

 ボーラはしばし考えたあと、しょんぼりした。

”まあ食中毒を出した食堂なら、そうですよね”

”食中毒とは断定できないんだからなんとか解放してやりたくはあるが”

”取引相手ですもんね”

”そうか。取引か”

 シレンツィオは早速、すっかり取次役になってしまったエルフの騎士のところへ赴いている。

”捜査はどうだ”

”シレンツィオさん、口、口”

「捜査はどうだ」

 エルフの騎士はシレンツィオに感化されて、上の冷淡さにめげずに食中毒を調べていた。そして調べていくと、確かに食中毒と言えない点が浮かび上がってくるのである。

「食中毒と決めてかかるのは難しそうです。とはいえ、上を納得させるにはまだ至っていません。楽観視しているようで」

「そうか」

 シレンツィオはそう言ったあと、口を開いた。

「楽観の理由は?」

「高学年の生徒は症状を訴えておりません。およそ八歳から一〇歳ほどに被害がとどまっています」

「それにしたって一〇〇〇人以上はいるのではないか」

「はい」

 シレンツィオは深刻そうな顔をして、口を開いた。

「さしあたって大丈夫そうな食材をいくつか割り出した」

「本当ですか」

「ああ。ただ条件つきだし、悪いことを先に言うと、安全そうな食材も短期間で汚染されるようだ」

「汚染、ですか」

「大丈夫そうな食材が減っていっている。この数日有志の子供たちに協力してもらっているが、半月前と比べても半減している」

「そうなのですか! いや、失礼。それは……」

「昨日まで大丈夫だったものが今日はダメ、というのが厄介なところだな。低学年の子供たちがちゃんと食事ができているか心配だ。もっと本格的に調べることはできないのか」

「それが小官にはなんとも……」

 言葉を濁した後、エルフの騎士は顔を上げた。

「実はこの学校の指揮権を預かるエムアティ校長の捕縛命令が出ておりまして」

 きりりとした眉を片方だけあげ、シレンツィオは言葉を促した。

「こちらも私が請け負っております。……ですので」

「なるほど。校長にお会いすることだけはできるというわけだな」

「はい」

 シレンツィオは少しだけ微笑んだ。

「同じく捕縛されたていの俺が同じ場所に拘禁されても問題ないだろうか」

「それでしたら自分の一存でどうにでもなります」

「ありがたい。今、アルバ国の俺の護衛連中が動いて麓で食材を買い集めている。それらの食料が大丈夫そうなら、子供たちに振る舞いたい。食堂の料理人たちも使ってどうにかしたいんだが、助けてくれるか」

「お礼を言うのは我々です。シレンツィオさん」

 シレンツィオは今度こそ微笑んだ。

「嬉しいことを言ってくれる」

 それでエルフの騎士に案内されて歩いていると、ボーラがテレパスを飛ばしてきた。

”取引って、さっきのやり取りですか?”

”ああ”

”全然取引には見えませんでしたが、確かにシレンツィオさんが欲しがってる情報を手に入れることができるみたいですね。何を取引したんですか?”

”誠実さを売って情報を買った”

”それは取引と言うんですか。うーん、なるほど。秋津洲には全然ない概念なので、ちょっと驚きました。いえ、商人ならなんでも売るっていいますから、それはそういうことなのかな……”

”なんでも自分の得意なことに変換して考えるのがいいと言うぞ”

”それはそうですね。なるほど。私の得意なことなんだったっけかな……”

”俺を癒やすことじゃないのか”

”そうですね! えへへ。大好きです。シレンツィオさん”

 それでシレンツィオは少し笑うと、そのままエムアティ校長の元へ向かっている。

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