第79話 毒味役

問題は味見をするまでわからない。ということである。

 腕を組んで考えていると、答えが歩いて来た。マクアディと同室の子供たちであった。

「どうした」

「シレンツィオ、なにか食べ物持ってない?」

 そういう話である。そう言えば、貧しい家の出は食堂に食事の全部を頼っていたのだったなと、シレンツィオは思い出した。

「食えるかどうかは分からんが、食材を色々集めさせている。危険かもしれんが、食ってみるか」

「食う食う。今ならリアンの貴族料理でも食べられそう」

 マクアディの言葉に、シレンツィオは少し笑った。笑った後で考える。

「ところでソンフラン」

「なあに?」

「お前に勇気はあるか」

「ある……けど?」

 シレンツィオの表情を見て、マクアディが言い直すより先に同室の子であるステファンという子が、マクアディを引っ張り寄せた。

「だめだ!」

「何が?」

「どうみてもこのおっさんはやばいことマクアに言いそう」

「それは俺も思ったけど、友達だし」

「それ言うなら僕だって友達だろ、ちょっと考え直せ、または考えた上で許可を出せ!!」

「うん。ステファンの言うとおりだな」

 シレンツィオは頷いてそう言っている。ステファンの怪訝そうな顔が面白かったのか、シレンツィオの襟が揺れている。

 シレンツィオはゆっくり口を開いた。

「俺としても可能な限り危ない橋を渡らせたくはない。が、俺は人間だ。エルフじゃない」

「……それは重要な違いなの?」

「今回ばかりはな。俺はお前たちが食べて舌が痺れる、ということが分からん。味覚の違いなのかなんなのかわからんが、とにかく分からんのだ」

「痺れないほうがいいよ」

 小さな声でマクアディは言った。シレンツィオは頷いたあとで言葉を続けている。

「そうもいかん。お前たちが苦しむのに対処したいが、肝心の舌がこれでは、何が悪いのかわからない」

「味見ならやるよ。俺、母さんの料理手伝って良く味見してたんだ」

 少々自慢げにマクアディは言った。父と兄は許されない手伝いだったらしい。シレンツィオはそうかと言うと、居住まいを正した。

「危なくない程度でたのむ。実はお前と同じ程度の年齢の女の子がいて、それもお前たちと同じように苦しんでいてな。なんとかしたい」

 マクアディは小さく口を開けた後、元気よく頷いた。

「うん。いつもシレンツィオと一緒にいる娘だよね」

「マクア、あいつ心読む力あるんだって噂だよ。やめよう」

 横からステファンが声を掛けるが、マクアディは首を横に振った。

「やめない。能力で人を差別するのはよくないって母さん言ってた。人間は財布の重さで判断すべきだって」

「それ絶対いい言葉じゃないからな!」

 ステファンはマクアディが心配なようでちょこちょこ横から口を出す。シレンツィオはさもありなんという顔をしつつ、ゆっくりと落ち着くのを待った。

「やるよ。シレンツィオ」

 あらためてマクアディが言うと、シレンツィオは頭を下げている。

「ありがたい」

「僕もやる! マクアだけじゃ危ない!」

 ステファンがそう言った。シレンツィオは当然だなと言って頷いている。

「とにかくやるよ。味見以前に腹ペコで死にそう」

「毒見だ。まあ危ないと感じたら教えてくれ。無理に食べるなよ」

「わかった」

「協力に感謝する。料理を作るので片っ端から食べてくれ」

 シレンツィオはさっそく短時間で一〇種類ほどの料理を手早く作って、子供たちに食べさせている。それらを分類して、どうにも食べられないもの、我慢すればいけるもの、普通に食べれるものに分けた。

 しばしの後、現時点で確実なのはアルバから持ってきた食材だけであることが分かった。

「ほのふぁふた、あつ、あつ」

「食べた後でいいぞ」

「うん。このパスタうまい。もっと食べたい」

”シレンツィオさん、パスタの備蓄、もうそろそろ無くなりそうです”

”作るだけなら俺でも作れるんだが……やってみるか”

 それでシレンツィオは、パスタを作っている。もっとも硬質小麦がないので、本国のそれとは少し異なる。小麦粉と卵とオリーブ油を混ぜて、少しずつ水を入れながら練って行くのである。練ったら次はのし棒で伸ばして短剣で切っていく。

”ふむふむ。これを乾かせばあの細長いものになるんですね?”

”ああ。細長いと乾かす時間が短くていい”

”どれくらいかかるんですか?”

”半年か一年か。まあ半年だな”

”え、それダメじゃないですか”

”乾燥させた場合は、だ。乾燥させないでも食べることはできる”

 乾燥していて温度が低いせいで微生物を繁殖させないことから、通常パスタ作りは冬場の仕事とされる。無菌室で押出機で整形し、年中生産する現代とは同じパスタという名前でも全然違う作り方である。

”乾燥させてないパスタだ”

”ふむふむ。いわば生パスタですね!”

”生ではないぞ。火は通常通り通すからな”

”あ、はい。秋津洲はなんでも生で食べたがるので、その名残というかできたてを生と言うんです。すみません”

 シレンツィオは奇妙な文化だなと思いながら、茹で上がったパスタに卵の黄身を混ぜて黄身に火を通しつつ、牛酪、ついで小さく切ったハムを入れ、乾酪と塩胡椒を加えて味を整えた。檸檬の果汁と香草を散らして完成である。檸檬ではなく、牛酪を作った時にできる、少し酢の入った乳清を使っても良いが、すぐに悪くなるので保存の効く檸檬を使用している。

「うめぇ!!」

 マクアディたちが涙を流して食べるのでシレンツィオは苦笑した。

「よし、パスタがいけるのなら、これをたくさん作って皆に食べさせよう」

 シレンツィオはそう言って当座の問題解決としようとした。

 が。

 ところがそうは問屋がおろさない。初日は良くても翌日には食べることが難しくなった。舌が痺れると子供たちが言い出したのである。それだけではなく、エルフリーデと同学年の子も病にかかりだした。

 またも作戦は練り直しである。

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