第76話 対応協議

 シレンツィオがとりあえず行ったのは、ボーラとの会話であった。考えをまとめているとも言える。歩きながらテレパスでやりとりをしている。。

”食中毒に地域差はあるが、新しい食中毒というものはまずない”

”そうですね。今回もそうです。文化的に利用さていたという側面もありますが、知られてはいました”

”古くからあるものだから対応対策もあるだろうと思っていたが、それがなかった”

”問題ですね!”

”まったくだ。対策を俺が探す事になった”

”あきらめないシレンツィオさんが大好きです” 

”そうか”

 シレンツィオはしばらく考えて、ボーラに告げた。

”とりあえず味見して危ないものは食わない、食わせない方向で行きたいところだ”

”はい。予防の基本ですね”

”問題は危ない食材が複数あって、見当つかないことだな”

”蕎麦とネギは確定しています。共通点は……植物が原因ですかねえ”

”そうかもしれん。そうでないかもしれん”

 シレンツィオはそう考えたあと、深い青い瞳を揺らした。

”この山が原因だと思ったのだが、蕎麦は脱穀して麓から持ってきたもののように思えた”

”そうですね。ふーむ”

 ボーラは姿を見せて翅を震わせている。淡い鱗粉が散った。

”鉱毒、という可能性はないと?”

”遺跡壊しついでに見てきたが、鉱山は今のところ一つもない。露出鉱脈もない”

”なるほど。じゃあ鉱毒の線は一度外しましょう!”

”ああ”

 ボーラは顎に指を当てて小首を曲げて考えている。

”鉱毒でなければ、一番怪しいのは食べ物が悪くなることですよね”

”ああ。食中毒は当たり前だが食を経由して発生するからな……”

 シレンツィオはテティスを例に出している。

”テティスは食堂に行ってない。いつも俺の飯を食べていた”

”水源はどうです? そこはみんな同じでしょう?”

”実は七日前から水は水源地から別に運ぶようにしていた。近くの井戸は使ってない”

”なるほど。じゃあ食材はどうでしょう食堂もシレンツィオさんも、街の市場で食材を買い求めてますから、そこが汚染されていた可能性があります”

”それがな”

 シレンツィオは献立表を出した。これはマクアディ・ソンフラン作の手書きで、シレンツィオが依頼して作ってもらったものであった。

”この一月の食堂の献立表だが、俺が蕎麦を挽いた日以外、テティスはここで食べていない。その際も食事を取る前に俺の前に座っている。最終的には俺の作ったものを食べた”

”そうでしたね。うーん”

 薄目になってボーラは献立を眺めている。

”食材が被っていない、ということですか?”

”あるとすれば、蕎麦か小麦だな。食堂に併設する厨房で粉を挽いている。まあ、ネギの件もありはするが、まずはそこからだな”

”買い直します?”

”前に買ってきた蕎麦は大丈夫だから、それを食わせながら次の食材を手に入れよう”

”はい”

 シレンツィオは食材を買うために市場に出たが、皆同じことを考えていたらしく、食材は少なかった。売れ残りは蕎麦ばかりという状況である。店頭でのやりとりを見れば舌が痺れるのかと尋ねる者が多く、もはや学内だけの話で無いことが知れた。

”悩ましいな”

”これ以上に蕎麦を買っても仕方ないですよねえ。ただでさえ余ってますし”

”そうだな。今ある備蓄を使い尽くすまで長引くことは考えたくないな”

 そもそも溜め込むことは誰かが買えないことでもある。必要なら麓まで降りようということで、シレンツィオは何も買わずに戻ってきた。商魂たくましく便乗値上げしている店が多かったこともある。

”山から食材を得たい気もするが、何が安全か、俺やボーラでは分からんからな”

”分かりませんねえ……あ”

”どうした。なにか思いつくことはあるか”

”ありません……残念ながら”

”そうか”

 ボーラは慌ててテレパスを送った。

”私はこれで性悪エルフが死んだらシレンツィオさんの心の傷になりそうなんでどうにかしたいと思っています。本当ですよ。さっきの<あ>は、思いついたけどちょっとありえないと自己否定した<あ>です”

”疑っていない”

 シレンツィオは、ボーラの頬に指先で触れた。

”心を読め。疑ってない”

 ボーラはシレンツィオの指に頬ずりしたあと、そっぽを向いた。

”気軽に心を読ませようとしないでください”

”なぜだ?”

”あなたの心のなかに別の誰かがいた時、傷つくから”

 シレンツィオはかすかに笑っている。

”そんなことで傷つくな”

”シレンツィオさんにはわからないんです”

”そうだな。だが、だからといってやることが変わるわけでもない”

”なんの義理もない子供たちを助けるんですね?”

”そのとおりだ。俺は人助けをする時、理由をつけるのが好かん。そして俺は、好かんことはやらんのだ”

”そうでしょうとも”

 ボーラは顔をあげると自らの頬を叩いてシレンツィオの横に飛んだ。

”よし、元気よくお手伝いしますよ”

”そうしてくれ”

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