第67話 感度3000倍

 次々と姿を見せるゴーレムだが、シレンツィオは怯んだ様子もない。むしろ、面白そうに笑っている。

「だ、大丈夫ですか。シレンツィオさん」

「足場が悪ければまともに戦えないということさえ分かれば、援軍があろうとなかろうと問題にはならない」

 シレンツィオは懐から縄を取り出すと、それで若木を縛ってしならせた。

「まあまあいけるな」

 それで今度は段々畑を形作る石垣の石を縄に絡めて、しなった若木を使用して飛ばしている。

 投石機であった。

 一発目は大いに外れる。

”シレンツィオさん……”

”羽妖精の計算能力なら、何発目かで命中をだせるんじゃないか”

”はっ。そうですね! 分かります! すごいですシレンツィオさん! でも戦いの時に笑うのはどうかと思いますよ”

”そうか”

 ボーラがシレンツィオに指示して力の加減や方向を指示する。

 二発め、三発目。四発目で命中弾が出た。

 岩にぶつかってゴーレムの頭が砕ける。動かなくなる。

 後は作業であった。シレンツィオは途端に無表情になって淡々とゴーレムを破壊している。

”怒ってますか、シレンツィオさん”

”いや、退屈していただけだ”

 シレンツィオはそう考えたあと、粉々になったゴーレムたちを見る。全部で六体いた。

”分からんな。なんで砂岩にした。もっと丈夫な石材を使えば良かったろうに”

”この谷で砂岩が取れたからじゃないですか?”

”この谷の石や岩は玄武岩だな。段々畑を支えていた石垣の石だ。さっき武器として使っていたろう”

”あー。なるほど? 確かに、なんででしょうね? わざわざ脆い材料を運んできてゴーレムを作るなんて。うーん”

 ボーラは動かなくなったゴーレムの元へ飛んでいって、滞空しながら観察しているようである。シレンツィオは危ないことをするなと言いかけて、苦笑して自身もついていった。他人に説教できないくらい、危ないマストに登るのがシレンツィオという人物だったからである。自分のことを棚に上げて説教できなかったようだった。

”それにしても、本当にシレンツィオさんは強いですよね”

”つまらんだけだ。それで、どうなんだ”

”そうですね……わかったような気がします”

”どうだった”

”表面に彫られている模様で魔法が発動しているみたいです。魔法陣ですね。これを何千年も動かしていたなんて、どれだけ”環境破壊すればいいのか……”

”細かい細工をするために砂岩を選んだというわけだな。納得した。それはそれとして魔法を使うと環境破壊されるのか”

 少しの間があった。ボーラはシレンツィオの顔を眺めている。

”はい。万物の生成を行うマナが魔法にばかり費やされてしまって、それ以外がリポップされなくなってしまいます”

”なるほど。分からんことが分かった”

 ボーラは悩んだ後、翅妖精がついぞ見せない真剣な顔になってテレパスを飛ばして来た。

”万物の輪環が阻害されるんです。特に大気循環を司る風がリポップされないのは致命的なまでに惑星単位の気候に影響します。対流が……空気の流れがなくなるので寒冷化と熱帯化が同時に進行してしまいます”

 すでに、本来熱帯である秋津洲に、四季が出現してしまっているという。それより北では強烈な熱波で砂漠化が進行しているという。

”なるほどな。エルフの連中が帆装艦をろくに使えないのはそういう理由か……なるほどな。仕組みは分からないが、魔法の使いすぎが良くないのは分かった”

”船乗り的にはそうですね”

 それでシレンツィオは羽妖精の透き通った翅を見た。

”それで残りの時間はどれくらいなんだ。世界が危ないとか言っていた時間だ”

”五年は持ちます。五〇年は持ちません。三〇年持つかはエルフたちの行い次第です。大規模な紛争や戦争を何年もする場合、その時間はずっと短くなるでしょう”

”それで北大陸のエルフを滅ぼすと。魔法を使えない俺を使って、そういうことか”

”私はシレンツィオさんを戦争に連れて行きたくありません”

”私は、そうだろうな。組織はそうではないんだろう”

”はい……”

 ボーラは力なくそういった後、上目遣いになった。

”あの、協力してもらって事情を話さないのも信義にもとるので喋りましたが、シレンツィオさんに参加しろと言っているわけではないので……”

”分かった”

 シレンツィオは顔をあげて立ち上がった。別のことを言う。

”まあ、今の生活がせいぜい長く続くように、とりあえずここの遺跡を壊すことにするか”

”はい!”

 羽妖精的に、あるいはその後の歴史を見るに、ボーラの行動は歴史を変えたのではないかと古来言われている。ボーラが泣いて味方してくださいと言えば、シレンツィオはシンクロの変後、大将軍を欠いた大軍師の右腕として活躍していたのではないかという話である。確かにそうなる可能性もあったであろう。

 とはいえ、そうはならなかったのだ。

 ボーラは世界よりシレンツィオを選んでおり、シレンツィオもまた、世界の余命を少しばかり伸ばすだけでよしとしてしまった。


 シレンツィオは遺跡の中を歩いている。遺跡と言っても一つの施設ではなく、谷に点在する建築物群をまとめて遺跡と呼んでいる。エルフの手が入らなくなって久しいらしく、人影はまったくなかった。

”使いもしないこんな場所に大規模な魔法を使うなんて”

 ボーラはそう言って怒っているが、シレンツィオは別の考えを持っていた。

”意味もなくここを捨て置くことはしないだろう”

 そう考えると、ボーラの動きが止まった。首を動かしてシレンツィオの顔を見る。

”どうしてそう思えるんです?”

”簡単な話だ。ここは冬でもヘキトゥーラより過ごしやすい。なのにそれを利用しないのは変だろう”

”この場所を忘れちゃったとか”

”言い方を変えよう。忘れる前の世代が何故か次世代に残さないようにした、というわけだな”

”それは……そうですね。より広い場所へ集団移住したといっても王家の別荘なりで使い道はあるか……”

 ボーラは腕を組みながら空中を飛んでいる。

”そう考えると意味が変わってきますね。なるほど。シレンツィオさんがああも警戒していた理由が分かるような気がします”

”いや警戒は普段からそうなんだが”

”どういう生き方しているんですか”

”知ってのとおりだ”

 ボーラはしばらく考えた後、シレンツィオの頬に抱きついている。頬ずりした。

”狼みたいな人生を送ってきたんですね……でも大丈夫です。羽妖精と関わったからにはギャグ落ち確定感度三〇〇〇倍ですよ”

 その結果の遺跡探索とゴーレムとの戦闘なのだが、シレンツィオは特に文句を言わず、そうかと言っただけである。

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