第66話 ゴーレムとの戦い

 シレンツィオは足音を立てずに歩いていく。ボーラの羽ばたく音のほうがうるさいほどである。そのことに気づいてボーラはシレンツィオの肩に乗った。

”変な特技を持ってますね、シレンツィオさん”

”船の上を歩くと板の音がうるさくてな。小便に行くたびに人を起こすのが嫌で訓練した”

”てっきり隠密かなにかだったのかと”

”一度抜擢されて訓練までは受けたんだが、どうにも俺は性格的に向いていないらしい。大雑把だからな。それでまあ、船乗りとしては成功したんだから、幸運の姿はとらえどころがない”

 シレンツィオは一本の大樹を見上げた。それの根が、陸橋を破壊している。

”なんの橋だ。これは”

”立体交差ですね。緑に阻まれてよくわかりませんが、おそらく左右に谷を背にした高層建築物があったんだと思います。限られた空間を最大限利用しようとして、そういうことになったんでしょう”

”なるほどな。道理で見覚えがあるわけだ”

”アルバの建築もこんな感じなんですか?”

”いや、船だ。容積を最大限使おうと考えると、似通っていくんだろうな”

”なるほど”

 シレンツィオは大樹の幹を叩いた。音が良く反響している。

”立派だが中は腐っているな。残念だ。いい船の材料になりそうなのに”

”これを海に持っていければ、そうですね”

”違いない”

”海の話をするシレンツィオさんの顔が優しくて嫌です”

”そうか”

 シレンツィオは気にした風でもなかったが、ボーラは自分の手を見て、少しばかりため息をついた。

”あぁ、もっといい女になりたいなぁ。シレンツィオさんの優しい顔を独占できるような”

”いい女か、そんなものがこの世にあってたまるか”

 シレンツィオは大樹を観察した後、言葉を続けた。

”そいつは男にとって都合がいいだけだろうよ”

”シレンツィオさんに都合がいいなら、それでいいです”

”それなら今で十分だ”

”でもそれじゃあ独占できないんです”

”そうか”

 シレンツィオは不意に黙った。ボーラも慌てて警戒する。

”周囲に敵対的な生命体はいないようです”

”そうなのか”

”違和感がありましたか?”

”違和感というか、敵意を感じた”

”魔法を使って探知している羽妖精より魔法的ファンタジーなことを言いますね。うーん。私の探知はほぼ完璧なはずなんですが。ちなみに言っておきますけどここでいうほとんどとは確率九九.九九九で以降九が一一個並びます。つまり一〇〇生に一度も例外に出会うことはないというくらいの確率ですよ”

”そうか”

 シレンツィオはいつも通り、他人が何を言おうが気にした様子もない。警戒を緩めず歩きだしている。ボーラもそれを咎めなかった。古代遺跡を守るためのどんな仕掛けがあるか、分かったものではないのである。

 シレンツィオが流れるように呼吸を止めた。

 次の瞬間、茂みから突如巨大な岩の腕が殴りかかってくる。シレンツィオは冷静に目で追いながら回避。神業かかったかのような僅かな動きでの回避だった。もっともこれは、足元が草ばかりで地面の見通しが悪く、大きく飛ぶと転ぶ可能性があったからである。瞬時の判断であった。

”無生物!”

 ボーラがテレパスで叫んでいる。シレンツィオはそれを聞き流しながら、しゃがみ、のけぞり、二発、三発と回避した。

 姿を見せたのは背の丈五mほどの岩でできた兵士である。体中細かな装飾が施されたいたであろうが、今は風化して見る影もない。顔も鼻が欠けて、端正な印象を損なっていた。

”砂岩製だな。ニアアルバにもあるが、脆いのが欠点だ”

”脆いと言ってもシレンツィオさんの短剣よりは丈夫そうですけど”

”そうだな”

 シレンツィオは様子を伺うように一度の呼吸で調子を整えるとまた回避した。あえて近づいて相手の動きを制限しながら戦っている。

 ボーラが詫びをテレパスで飛ばしてきた。

”すみません、ゴーレムがいるなんて思ってもいませんでした”

”気にするな。自分で敵対的な”生物は”いないと言っていたろう。言っていることは間違ってない”

”シレンツィオさんは驚いてませんね。ゴーレムですよ!”

”魔法を使える種族にとってはどうだかわからんが、俺としては悪魔と似たりよったりだ。驚くほどではない”

”悪魔は人が乗ることでバランスやコントロールを人間に任せていたんです。これは完全自律型です。どれだけ高度なことをやっているのか。こんなもの秋津洲でも見かけたことがありません”

”そうか”

”こういうときは頼もしい塩対応!!”

 シレンツィオは数歩下がるとそのまま背を向けて走り出した。その理由は二つある。一つに、確認して分かっている地形は、来た方向だけだったこと。もう一つは転ばずに走れる確実な足場が、やはり来た方向だけだったということにある。

 戦いというものは転んだら終わりという側面がある。現代に残るスポーツ化された格闘技も倒したらそこまで、というものが多い。これはころんだ瞬間に短剣などでとどめを刺せるからであった。そういう意味ではシレンツィオの動きは実に理にかなっている。

 さらに念を入れて戦いながら相手を観察し、飛び道具がないことを確認しての動きだった。

 走る。追いかけられる、また走る。

”数が増えた!”

 後ろを見張るボーラがそうテレパスで叫んでいる。シレンツィオはそうかとだけ言って、そのまま走っている。

”悪魔より早いです。シレンツィオさん。追いつかれるまで七一秒”

”分かっている”

 追いつかれるその瞬間、悪魔戦と同じように急に向きを変えてやり過ごす。蕎麦畑の跡地である段々畑を駆け上がり、シレンツィオは一息ついた。ここまでずっと呼吸していなかったのだった。

”無呼吸、なんで!?”

”呼吸しながら動くと本当に素早くは動けない。水泳と同じだ”

 シレンツィオはそう言って呼吸を整える。数度の呼吸でそれをやってのけるあたり、アルバの宝剣の二つ名は伊達ではなかった。

 その本領は艦船を指揮した時とはいえ、個人の戦いでも目を見張るものがある。

”シレンツィオさん、登ってきますよ”

”分かっている”

 シレンツィオは酷薄そうな笑顔を見せる。ボーラがこわばったが、シレンツィオは無視した。

 段々畑を登るゴーレム。しかしその人間の何倍もの自重に畑の方が耐えかねて崩落する。ゴーレムは無視して登ろうとするも大量の土砂に流され、足場を失って落ちた。割れる、粉々になる。

”まずは一つ”

 ゴーレムは一度の損害で畑で戦うのは無理と理解したようだった。代わりに安全そな足場で待機して、こちらの方へ顔を向け続けている。

”シレンツィオさん、ゴーレムは応援を呼んでいます”

”だろうな”

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