第65話 羽妖精の依頼

(4)


 シレンツィオは鉱毒の有無を確かめるために山中に入っている。

 寒風吹きすさぶ雪の残る山の斜面を歩いて、鉱床の露出しているところがあるかを探すのである。汚染されるとすれば水源の近くだろうとあたりをつけて、ひとつずつ見て回るのである。

”冷静になってみるとシレンツィオさん、エルフもバカじゃないんですから、一応鉱毒の有無くらいは確認しているんじゃないですか?”

”俺もそう思うが、一応だ”

 その一応のために結構な日数を使っている。

 エルフの料理人、グァビアの話を聞いたせいか。シレンツィオは山のあちこちに遺跡や遺跡の痕跡を見つけた。上に柱を立てていたであろう柱石(沓石)や水路のあとと思われる溝を見つけたのである。木造だったのか、上部構造物はついぞ見つけることはできなかったが、瓦の破片を見つけることができた。

 シレンツィオは表情を変えることもなく手にとって確認する。粘土に火入れして作る焼き物は不可逆性を持っているので土に還ることがない。だから数千年の時をおいても、このように残っていることがあった。

”なるほど。今より高いところにもエルフは住んでいたのだな”

”そんなことより帰りましょうよ。天気が悪くなったら死にますよ”

”そうならんように雲の動きには気をつかってくれ”

 シレンツィオはこの遺跡がどんな役割を持っていたかを考える。森林限界より高い場所に作る建築物はどんな役割を持っていたか。

”まあ、宗教施設だろうが”

”エルフは宗教を持っていませんよ? 祖先崇拝はしていますけど”

”北大陸のエルフはどうだ”

”そう言えば学校に礼拝堂がありますよね。入ったこともないですけど”

”つまりはっきりしないと”

 シレンツィオはなおしばらく建物跡を調べている。日当たりがよいせいか斜面の雪は融けており、岩と土が露出していた。

”人骨はない。規模も小さい。となると……ここは山小屋か、物見台か”

”物見台でしょうね。ここからなら麓がよく見えますから”

 シレンツィオは斜面から下界を眺めながらしばらく考えた後、踵を返した。

”物見が必要ということは、生活する場所の見通しは良くないんだろう。おかげでだいたい場所が読めた”

 シレンツィオは遺跡から遺跡へとたどるように、水源とおぼしきものがある場所へ歩いていく。生きるのに水が必要なのはエルフも人も同じである。寒風に体温を奪われるのも同じ。対策も似ていることになるだろう。魔法を打ち続けるとかそういうことをしないのなら、風よけと水の両方を得るために谷底に村を置くはずである。今の都は水をせき止めた人造湖の跡地に作ったとされているならば、それ以前は必ず、谷底に集落を作っていたに違いない。

 シレンツィオの読みは当たって、山深い渓谷にエルフの遺跡を見つけることができた。エルフたち自身も存在を忘れているような、太古の集落である。

 そこは深い谷底にあって雪に覆われておらず、それどころか、寒くさえもなかった。地面に線でも引いたかのように、雪の積もる場所と、緑に覆われた場所が分かれている。

”シレンツィオさん。ここ、施設に掛けた魔法が生きてます。なんてことを”

”否定的な響きに聞こえるが、なにかあるのか”

”はい。魔法は魔力を使いますが、この場所は魔力をずっと使い続けているんです。大規模な環境汚染ですよ”

”それは羽妖精から見て問題なのだな”

”そうですね。羽妖精どころか世界にとって良くはないと思います”

”ふむ”

 シレンツィオは一歩前に踏み出す前に石を投げて、ついで革袋を投げて、最後に片腕で試したあと、歩いてエルフの魔法の中に入っている。気温は高く、春どころか夏を感じさせた。

”死ぬようなことはなさそうだな”

”そうですね。攻撃的な魔法ではないようです”

 ボーラは襟から顔を出して、シレンツィオの周囲を飛んだ。

 シレンツィオはしゃがみこんで土と植物の様子を見ている。冬とは思えないほど、青々とした植物である。

”温室を作る魔法があるのか?”

”できなくはないですけど、それ、環境破壊しながら環境保全するような魔法ですよ”

”どういう意味だ”

”意味がないというか、まあ世界を顧みないならこんなこともやるのかもしれませんね”

 シレンツィオは立ち上がって、そうかと呟いた。

”草の倒れた様子がない。少なくとも数ヶ月は人の手は入ってないようだな”

”良かったのか悪かったのか”

”さてな。物事というものは単純ではない”

”そうですね……”

 谷の奥へ向かって、しばらく歩く。シレンツィオが脚を止めて植物を見た。

”蕎麦の花が咲いているな”

”え、こんな時期にですか。まあでも、魔法で環境が狂わされていますからねえ。あってもおかしくはないか”

”実が成っているかもしれないから少し調べるぞ”

”はい。どうぞ。蕎麦に魔法を掛ける人もいないと思うんで、何もないとは思いますけど”

”鉱毒があるかもしれんからな”

 かつての畑だったのか、段々畑になっている。猫の額ほどの狭い畑を守ってた古代のエルフを思って、シレンツィオは目を細めた。

”手入れをすれば綺麗な風景だったろう”

”そうかもしれませんね。世界への被害を考えなければ”

”エルフの歴史的に重要そうな気もするがどうなんだろうな。忘れさられたままなのも惜しい気がする”

”私はエルフではないのでそこのところは分かりませんが”

 ボーラはしばらく考えた後、シレンツィオの眼の前に飛んでその目を見た。

”世界と引き換えにするほどの価値があるとも思えません。シレンツィオさん、この遺跡は一刻も早く破壊すべきです。世界が壊れます。この谷一つの環境を変えるだけでどれだけの魔力が使われているか。ニクニッスがニアアルバで大量の火球を放っていたのより酷いと思います”

 ボーラは己の中の葛藤を瞳の中に映した後、シレンツィオに告げた。

”シレンツィオさん。同じこの星に住むものとしてお願いがあります”

”俺とお前の関係性でお願いしてもいいんだぞ”

 しばらく間があった。

 ボーラは目をそむけた。

”それは嫌なんです。理性はシレンツィオさんに情に訴えかけてお願いすべきと分かっているんですが、個人としては危ないかもしれないのでお願いしたくありません”

”なるほど。羽妖精は妙なところで論理的すぎるところがあるな”

”私達はいつだって論理的ですよ。人間が気づいていないだけで”

”気づいていないと言えばエルフもそうみたいだが”

”からかって遊んでます?”

”まさか。だがまあ、俺としては関係性を盾に依頼してくれる方がやりやすいんだがな”

”今すぐ一人と一妖精で逃げましょうと言わないだけ、自分を偉いと思っているんですよ?”

”そうか。まあいい。それで願いとはなんだ”

 願いを聞いてやるぞという雰囲気で、シレンツィオはそう考えている。ボーラは酷く傷ついた顔をした後、シレンツィオに口づけした。

”この遺跡にかかっている魔法を解いてください”

”俺にできるのか”

”おそらく魔法陣になっているはずです。それを壊せれば”

”そうか”

”断ってもいいと思います”

 シレンツィオは少し微笑んだ。

”その笑みは卑怯ですよ。シレンツィオさん”

”そうか”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る