第63話 醤油

 この日の夕食はそばがきとそばがきのスープ、羊の焼き肉である。

 癖のある羊の肉をニンニクとクマネギで誤魔化すような料理であったが、慣れるとまた食べたくなる料理であった。噛むたびに滋味が広がる味であった。

「羊なんて珍しいですね」

 羊は平地の生き物なので、ここ、山都では滅多に手に入らない。手にはいるのは山羊ばかりである。ヤギは名前からして分かる通り、山地の生き物なのだった。

 テティスの疑問に、シレンツィオは答えている。

「麓でそれなりにつぶしたらしい。春の放牧に耐えられないようなものを一斉処分したのだろう」

「そうなのですね。わたくし、お肉にする事情があるとは思っていませんでした」

「そうか。ところで、”そばがき”だが」

 シレンツィオはそばがきのところだけテレパスを使用した。

「そばがきですね」

 テティスはエルフ語で発音する。

「そう、そばがきだ。今日のはアルバ風なのだが、エルフはどんな味付けにしているんだ?」

「タレを刷毛で塗って食べます」

「タレ」

”タレ”

 ガットが手をあげた。

「にゃーのところは魚醤につけて食べます」

「そこは俺のところと同じだな。海沿いではそうするところもある」

 それが嬉しかったようで、ガットはしっぽを揺らしている。

 シレンツィオは楽しげにそばがきを頬張るテティスを見た。

「どんなタレなんだ?」

「エルフの中でもお年寄りが好きなものです。黒くて……」

”醤油かもしれません、シレンツィオさん”

”そうなのか”

”そう言えばそういう名前だったかもしれません”

”私とシレンツィオさんの秘密会話に割り込まないでください”

「あら、先に割り込んだのはだれかしら」

「料理の種類が増えるかもしれんな」

 シレンツィオはそう言って会話に割り込みなおした。

「そうなのですか? あまりおいしいものではないと思うのですけど」

「そこはそれ、口に合わなければ改良する」

「そういうことでしたら、実家に手紙を出しておきますね。少し分けてくれると思います」

「ありがたい」

 シレンツィオが頭を下げると、テティスは立ち上がってシレンツィオの頭をなでた。よしよし。

「いつもおじさまに助けられているのですもの、これくらいは」

 シレンツィオは顔を上げるとボーラを呼んでいる。

”ボーラ、醤油を使った料理は知ってるか”

”はーい。でもシレンツィオさんの口に合うかは分かりませんよ”

”それはもう聞いた。とにかく試してみたい”

”はいはい”

「ところで醤油とは何でつくられているんだ?」

「大豆ですけど」

「大豆」

 魚醤に似ていると言う話だったが、原材料は全然違った。

 もっとも、アルバでも大豆はかなり作られている。それというのも土壌改良や地力回復のために栽培されるからである。一方で食用としては、あまり人気があるものではなかった。アルバでは多くが油になり、残った絞りかすは豚の餌になっていた。

「エルフの国ではどこも、大豆を大量に作りますね」

「そうなのか」

「はい。そうしないと作物が育たないと言います」

 それ自体は程度の違いはあれどアルバでも同じである。シレンツィオは頷いたが、同時にボーラの表情が険しくなるのも片目で見ていた。

 大豆とことあるごとにボーラが言うエルフはクソということに、関係があるのかもしれない。

”そうなのですか?”

 テティスの思考が入り込んできた。

”いーえー。それとこれとは関係ありませんよ。いえ、あるのかな”

”言いにくいことなのか?”

 シレンツィオが考えると、ボーラは飛びながら肩をすくめて見せた。

”いえ。単純にですね。地力を低下させているのはエルフなのに、その原因を取り除かずに地力を回復させようとしているのがなんともおかしくて”

”そうなのか”

”はい”

”おじさま、羽妖精の言うことなど真に受けることなどないようになさってくださいね”

”そんな態度だからこの状況なんじゃい”

 シレンツィオはまたも起きた脳内の言い争いを止めると、口を開いた。

「まあわかった」

”何が分かったんです?”

”テティスが知っても、そして俺が知ってもその原因とやらを取り除くのは難しいということだろう?”

”そうですね。でも、なんでそう思ったんですか?”

”言っても詮無きことだから言わないのだろうと思っただけだ。ともあれ、大豆の調味料が魚醤に似るというのはなんとも想像もつかないな”

 こればかりは実際に味見してみないと分からないのである。口で説明しても、理解できない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る