第61話 性悪エルフが増えた

 シレンツィオは、今度はテティスの部屋で料理を作っている。

 幸い粉は多めに挽いていたので、食堂に戻る必要はなかった。明日謝ろうとシレンツィオは考える。基本他人のことを気にしないが、こういう気遣いはできるのだった。その差がどこにあるのかはシレンツィオ自身でも説明できないのだが。

 手早くフリコを焼く。もとより時間がかかる料理ではない。屋台に出てくるような格安料理である。

「できたぞ」

「おいしいのでしたら、最初から私を誘っても良かったのに」

 テティスは唇を尖らせて言ったが、シレンツィオは表情を変えぬ。

「それについては今も疑ってる……マクアディ・ソンフランは確かに美味いと言っていたが……」

「わたくしには、ぴりぴりする、と?」

「可能性はある。わざわざ試すのもどうかと思ってな」

 シレンツィオの言葉を聞いて、テティスは少し表情を緩めた。

「なるほど。でも、あの子がおいしそうに食べているのを見て、わたくし傷つきました」

「傷つく要素はないだろう。ほら」

 テティスとエルフリーデの二人にフリコを出す。

 この時代、エルフが料理を食べるために使う道具はもっぱら二本の銀の短剣である。かつては一本だけの短剣で食事をしていたが、それだと手が汚れるので二本の短剣を使うようになった。この時代をさかのぼること一〇〇年ほど前から徐々に二つの短剣の使い方や形が変化し、利き腕でない方に使う短剣は切るよりも刺す方に特化した形になりつつあった。

 話を、戻す。

 二人は同時に、行儀良く二つの短剣を使ってフリコを切り、刺して口の中に入れている。二人して嬉しそうになった。

「蕎麦もいいものですね。おじさまが以前作った栗の入ったものと雰囲気が違っておいしいです。こちらの方がより食事に向いているような気がします」

 テティスがそう言って微笑んだ。

「優しい味です」

 エルフリーデも、褒める。お腹すいた以外の言葉を喋るようになったので、相応においしかったのであろう。

 二人の言葉を聞いて、難しい顔になったのはシレンツィオである。

「そうなのか」

「どうかされたんですか」

「いや、マクアディといい、美味い蕎麦と舌が痺れる蕎麦、何が違うのだろうかと」

「さあ……。調味料、でしょうか」

「それもあるかもしれん」

 エルフリーデは興味深そうに話を聞いた後、食べ終わってから口を開いた。

「私も小さいときは蕎麦が嫌いでした」

「山菜も駄目だったのではないか?」

「ええ、大嫌いでした」

「小さいときは、と言うからには今は違うんだな」

 シレンツィオが尋ねると、エルフリーデはつぼみがほころぶように笑っている。

「はい。小さい子とは違うんです。小さい子とは」

 エルフリーデの隣に座るテティスが、薄目になった。

”性悪エルフが増えた”

 ボーラがそんなことを呟いている。

”私は性悪ではありません。羽妖精のほうでしょう。性悪は”

 シレンツィオはかぶりをふって会話を頭の中から追い出すと、口を開いた。

「具体的にはいくつくらいだ」

「四〇歳の頃からです」

 見た目一三かそこらなのだが、その実、シレンツィオより九歳以上年上なのだった。

”シレンツィオさん、北大陸のエルフは短命なんで、四〇歳だとおよそ人間の一〇歳くらいになりますね”

”それで短命なのか。いや、それよりも……”

 一〇歳と八歳でそんなに変わるものであろうか。いや、変わりはすると思うのだが。

「教師に聞いてみるか」

 学校というものはすばらしい。請えば教えてくれる。

 翌日になってシレンツィオは色々な教師を捕まえて話を聞いて回ったが、結論としては大失敗であった。

”まさか、そんなもので済まされるとはな”

”いやー。そんなものだと思いますよ。この件についてはシレンツィオさんが変なだけだと思います。知的好奇心が暴走しているというかなんというか”

”献立に関わる”

”そう言われるとシレンツィオさんらしい理由に聞こえますね?”

 シレンツィオが腕を組むと、襟からボーラが顔をだした。

”人間にはないんですか? 小さいときは食べれなかったものとか”

”ある。ただそれは、大人にも理解できる話でな。子供が苦いと言って苦手なものは、大人が食べても苦いは苦い”

”なるほど。エルフの味覚はあまり人間と変わらないはずですけどねえ”

”そうだな。多少の違いはあるものの、俺がうまいと思う料理は、テティスたちも美味いと言う。そこに差はないわけだ。だからこそ、変に思える”

”うーん。人間とエルフの違いですか。寿命、耳以外だと魔力ですかねえ”

”食い物に魔力が含まれている可能性は?”

”生き物ですからそりゃありますけど”

”なるほど。魔力に苦いとか辛いとか、そういう味はないのか? エルフの国の作物には魔力が豊富に含まれているとかはどうだ”

 ボーラはきょとんとした後、大笑いしている。

”すみません。魔力に味があるなんて、考えたこともありませんでした”

”普通はそれが最初に気になるんじゃないか?”

”普通、魔力で問題になるのは魔力の量だと思いますよ。シレンツィオさん。魔法が使えない種族というものはものすごい発想力がありますね?”

”それでどうだ。味はあるのか、ないのか”

”ないと思います。少なくとも羽妖精はそんな知識を持っていません。エルフもそうだと思いますよ。もしあるのであれば、教師たちが教えてくれるでしょうし”

”そうか。……しかしそうなると、今のところ手がかりらしい手がかりがない”

 ボーラは腕組をしている。

”うーん。マナの味かぁ。やっぱり聞いたことないですねえ”

”ちなみに、マナとは魔力のことか?”

”だいたい同じですね。違いもあります。魔力とはマナの一形態にしか過ぎません”

”ふむ。エルフがマナという言葉を使っているのを見たことがない。つまりこのマナという言葉や知識は羽妖精独自のものなんだな?”

”いーえー。羽妖精にこの知識を教えたのはエルフなんですけどねー。どうも北の大陸のエルフは、エルフのエルフたる重要な事全部を忘れてしまっているようで。知識だけで言えば人間と大差ないかもしれません”

”そうなのか。ところでマナに味はあるか?”

”無いと思います。って、だからー、そんなことを気にする人はシレンツィオさんだけですって”

”子供を持つ親なら誰しも気にしそうだが”

”シレンツィオさんは親じゃありませんよ”

”そうなんだがな”

”だいたいですね、イヤと言われたら出さなければいいだけじゃないですか。貴族くらいのもんですよ、好き嫌いが許されないのって”

”そうか? 貴族こそはわがまま言いそうなものだが”

”そう言えばシレンツィオさん貴族でしたね。男爵になるんでしたっけ”

”なんの興味もないがそうらしいな。話を戻すがエルフの貴族子弟はわがままではないのか”

”どうでしょう。北の大陸のエルフについては私たち羽妖精は嫌悪感が先にでてしまってよく分からないですね。それと、人間の貴族の子供ががわがままかどうかも分かりません。ガーディさまは違いますし”

”どんな国にも美人はいると言うぞ”

”そのうち寝台に毛虫投げ入れられますよ、レンツィオさん”

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