第58話 エルフの宮廷料理
エルフの貴族料理についてより知りたいと思っていたが、今がその好機ではないか。
ハムがうまかったという顔になっているマクアディ・ソンフランが答えを知ることを思い出したからである。
「なあ、ソンフラン」
「なあに?」
マクアディは屈託というものがまったくない。人好きのする笑顔でそう返した。シレンツィオは質問を始める。
「以前、リアン国の晩餐に誘われていると言ってたよな」
「うん。それにしてもシレンツィオが焼いていたあの時のハム。食べたかったなあ」
「さっき食べたろう」
「それはそれだけど、以前の俺も食べたかったんだ」
「そういうものか、それで本題に戻るんだが」
「うん」
シレンツィオはナイフについた脂を布で拭き取っている。こうしないと、すぐに錆びてしまうのである。
「晩餐にソンフランを誘ったのは
「そうだよ。それが?」
「どうだった?」
「向こうのお父さんとお母さんもいたんだよ。すごいよね」
「ほう、国王が。まあそれもそれで興味深いが、俺の知りたいことは別にある。料理だ。どうだった」
そう尋ねた瞬間、マクアディの瞳が陰った。目の前で手を振ってもにわかに反応がないほどである。尋常ではない様子だった。
「どうした」
「あんまりおいしくなかった……」
大事なことだったのか、二回うわ言のように言った。
シレンツィオは頷いてみせる。テティスの反応を思えば、予想の範疇である。
「あまりうまくないであろうことは知っている。それで、何がでてきた? 覚えているなら教えてくれないか」
「それはいいけど、何で知りたいの?」
「聞いた話では冷めた料理ばかりがでるというのでな。料理をする身としては不思議でしょうがないのだ」
「なるほど? でも俺が知ってるのはエメラルドの家だけだよ。うちも一応貴族だけど、一応だし、食事は普通だし」
「それでいい」
”シレンツィオさん、補足説明した方がいいと思いますよ”
”そうか”
襟の中にいるボーラに言われ、シレンツィオは口を開いた。
「実は、エルフの貴族料理を嫌うやつがいてな」
「それ絶対普通だと思う」
「そうかもしれんが、そいつは貴族でな。下手をすると一生まずい料理と付き合うことになるかもしれない。俺はそれが嫌だ。できればうまくなるようにどうにかしたいと思ってな。そこでお前の記憶を頼った、というわけだ」
「なるほどー。いつもシレンツィオと一緒にいる子かな。そういうことならいくらでも。でも、本当においしくなかったよ」
「ああ。それでいい」
「うんと、まずは草がでてきた」
「草」
「うん。草だけ。色とりどりで綺麗だったけど、苦くてもそもそして、しかも舌が痺れた」
ふむ。とシレンツィオは腕を組んで難しい顔をした。彼のこんなにまじめな顔は、戦闘中でもなかなか見ることがない。自称明るい男であるシレンツィオは、戦闘ではもっぱら酷薄そうな笑みを浮かべるのが常であった言われている。もっとも敵に対して愛想良く笑う義理もなにもないので、この文句は敵側のやっかみだったのだろう。
さておきシレンツィオは、続きを促した。マクアディは渋い顔のまま、言葉を続ける。
「それで、次に出たのは冷たい川魚」
「冷たい」
「うん。幸い生じゃなかったけど、冷たかった。下に氷まで敷いていて、なんだかなあと思ったよ」
「味は?」
「冷たかったよ」
「それは味の感想ではないが……他にはなにかなかったか」
「舌が痺れた。うえーとなった」
「草とおなじような感じか?」
「うん。全く同じ。それで、ずっと逃げたいと思ってたんだけど」
「王家の守りは堅かったか」
「ううん? ただエメラルドが、悲しそうな顔をしたらイヤだなあって思って、我慢したんだ」
「そうか。いい心がけだ」
シレンツィオがそう言うと、マクアディは不思議そうな顔をした。
「王家に取り入ろうなんてけしからんとか言わないんだ」
「翠玉姫が姫でなくても、お前は同じ事をやっただろう」
「うん」
マクアディの頷きに、シレンツィオはにやりと笑った。彼にしては大層珍しいそれと分かるほどの笑顔だった。
「ならばそういうことだ。言わせたい奴には言わせておけ。ソンフラン、女性には親切にするものだ」
「エメラルドは友達だよ」
「友達でなくてもだ。女性には親切にしろ。なぜならどんな人間も、女から生まれたのだから。尊敬せずにはいられない。エルフも同じだろう」
「そうか。そうだね」
シレンツィオとマクアディは互いに笑みを浮かべた。
シレンツィオは笑みを浮かべたまま、言葉を促す。
「それで、他にはどんなものが出たんだ。人間の料理でいくとそろそろ汁物が出てくるはずだが」
「うん。出てきた。琥珀色した澄んだやつ」
「苦くて痺れたんだな」
「うん。最高にやられた」
「実に為になる話だな。その次は?」
「蕎麦がでてきた……」
「ふむ。人間なら肉なんだが。粥だったか?」
「ううん?平べったく焼いてあったよ。竈の内側で作る家庭のパンみたいなやつ」
かまどの内側に貼り付けて作る形式の無発酵パンは広範な地域に存在する。パスタが普及するまではシレンツィオの故郷であるニアアルバでも盛んに焼かれていた。今はフリコにその形跡が残る。
シレンツィオは身を乗り出した。
「ほう。肉は乗ってなかったのか」
「のってたけど、冷たくて」
「なるほど。その後は甘いものでもでたか」
「うん。それは普通にうまかった。けど、もういいかな……宮廷料理は」
「そうか」
「腕を組んでどうしたの?」
「どこか人間の料理に似ているのはまあいいとして」
「いいんだ」
「食うということについては、そんなに差はあるまい。エルフと人間の差など、魔法が使えるかどうかくらいだろう」
「耳の形も違うよ」
”寿命も違いますよ”
「それにしたって三つだ。ソンフラン、細かいことは気にするな。いい男とはこだわらない事だ」
シレンツィオの外套の襟に、半眼が浮かび上がった。
”シレンツィオさんは思いっきり料理にこだわってませんか”
”自分がいい男だとは言ってない”
テレパスが聞こえるわけもないのだが、マクアディは微笑むとそうだねと言った。
「僕も細かいことを言う奴は好きじゃないんだ。例外は母さんだけ」
「いい心がけだ」
シレンツィオはそう言うと、今度は蕎麦を探しに行っている。
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