第48話 魔法の授業

 翌朝早く、再び山菜取りに行くことにし、シレンツィオはエルフの幼年学校の授業を受けに行っている。飛び級二回で三年生だが、実質一〇歳程度の教育内容である。無双であった。

 通常、こうした授業は退屈になりがちだが、シレンツィオの場合はそうでもなかった。本人にも自覚はないが、何にでも面白みを見つける才能があったのである。あるいはそれは、未知の世界へ行きたがる船乗りとしての性質だったかもしれない。

 今、シレンツィオが熱心に受けているのは魔法の授業である。なおシレンツィオは体内に魔力がないので魔法は一切使えない。

”シレンツィオさん、魔法使えないのに魔法の授業受けてどうするんですか”

”面白いだろう”

”そうですか?”

 付き合いきれぬとばかりに、襟の中に隠れるボーラは、あくびして寝入ってしまっている。

 シレンツィオは気にした様子もなく、楽しげに教師の説明を聞いている。


 曰く、魔法とは血の中にある魔力を使うのだという。この血の濃さで魔力の多寡が決まる。

「つまり生まれつき、ということだ。これ自体は訓練してもほとんど伸びない」

 エルフの教師はシレンツィオを見て残念そうにそう言った。シレンツィオ自身は、残念そうに言われること自体がよくわからない。人間が魔力を持ってないのが当たり前過ぎて、自分が魔法を使うという想像ができないのだった。

「おじさま、残念がることはありませんよ? わたくしが代わりに魔法を使ってあげますから」

 隣の席のテティスがそんなことを言う。ものを冷やす魔法は氷菓子を作る際に便利だなと思いつつ、シレンツィオは説明に耳を傾ける。

「魔力とはなにか。魔力は目に見えないし、重さもないものである」

 教師の説明は、魔力というものを想像できないなにかにさせた。空気にさえ重さがあるのに重さがないものがあるのだろうかと、シレンツィオは考えた。魔法という現象がなければ実在を疑ってもいいくらいだ。

 教師はシレンツィオの疑問などお見通しだというふうに続ける。

「とはいえ、”ない”わけでもないのだ。現に魔法を使うことができる回数には限度がある。魔法の種類を変えても限度の継続は残るし、発火なら三回で一回の小炎の魔法に匹敵する魔力であろうということは精霊魔法的に証明されている。また死体は権能を使えるが魔法を使えない。つまり死んだ血は魔力を持たないこともわかっている。生命と魔力に密接な関わりがあることまでは分かっているのだ」

「精霊魔法とはなんだろう」

 シレンツィオが尋ねると、あちこちで子どもたちの笑い声が聞こえた。エルフにとっては当然の知識だったようである。

「精霊魔法とは計算のことだよ。アガタくん。あれもまた、魔法の一つだ。万物を形成する精霊やその動きを数字という形で把握しようというものだ。これだけは魔力がなくても使うことができる魔法だ。がんばるといい」

 魔力がなくても使えるものは魔法なのか? と思いながらシレンツィオは礼を言った。シレンツィオの母国アルバやその周辺を指すニアアルバでは計算は計算である。どうもエルフの説明を聞くと、精霊魔法は物理と統計と計算が渾然としているようである。

 分化したり、単離したりしないのはなんともエルフらしいというか、人間からすると習得するまでの時間が長く、分業が難しいように思えた。寿命が長いからこその未分化、渾然一体とした概念であろう。

 しかし精霊魔法か。

 精霊と魔力にはどんな関係があるのであろうか。あるいはないかもしれないが。

「おじさまは先程の授業で腑に落ちないことがあったのですか?」

 授業が終わるとテティスがシレンツィオの顔を覗き込んで、そんな事を言った。シレンツィオはうなずくと、ゆっくり言葉を選んだ。自分で考えながら言葉を紡いだ、ともいう。

「妖精はいる。これまで色々見てきた。しかし精霊というものを俺は見たことがない」

「精霊非実在派ですね。そういうことをおっしゃる学者もいるそうです」

「エルフでも精霊を見たりは早々できないのだな?」

「精霊はどれも目に見えません。そう言われています」

「どんな仕事をするんだ」

「まあ、おじさま、精霊が仕事だなんて面白い言い回しですね。……うーん、そうですね」

 テティスは長い髪を振った後、唇の下に指を当てながら口を開いた。

「精霊とは、魔法と言葉を仲立ちするものと言われています」

「言葉」

「先程の授業ではでていませんでしたね。多分次の授業で教わると思います。魔法とは言葉で指示(ルビ:コマンド)するのです」

「しかし普段会話していても魔法は出てこないな」

「はい。そこで精霊なのです。ただの言葉と魔法になる言葉の違いは、精霊が仲立ちするかどうかだと言われています」

「なるほどな。では精霊非実在派はそこをどう説明しているんだ?」

「さあ……? 申し訳ありません、精霊の存在を信じない彼らは異端も異端なので、彼らの主張を知るものはほとんどいないと思います」

「そうか。いや、ありがとう。実に面白い話だった」

「いえいえ、どういたしまして」

 シレンツィオは少し考えた後、テティスに再度声を掛けている。

「エルフのことには不案内なので尋ねるのだが、精霊非実在派というのは弾圧されていたり、迫害されていたりするのか?」

「いいえ。少数派ではありますが、そんなことはありませんね……」

「なるほど。人間の世界ではそういうことが多くてな」

「エルフでは学者ごとに言うことが違うと言います。それを気にしては生きてはいけないとも」

「それはいい考え方だな。エルフのそういうところは人間も真似したいところだ」

 シレンツィオはそう言ったが、それが極めて難しいことも分かってはいた。なにしろ人間は寿命が短いのである。短い時間であるからこそ、その考えを絶やさぬよう、他の人間に継承したり、広げたりしなければならない。その先にあるのは学徒の取り合いであり、人間の世界ではありふれた派閥争いである。

 あるいは寿命が二倍くらいに伸びたら学問における派閥争いなぞなくなるかもしれない。シレンツィオはそこまで考えた後、いや、人間はそもそもにして派閥争いが好きなのかもなと考え直した。

”おじさまはそんなことないと思います”

”そうです。シレンツィオさんが派閥なんて想像もつきません。もう少し他妖精を気にしてください”

 テレパスにて、そんな文句が飛んできた。シレンツィオは表情を変えずに口を開いた。

「俺は派閥争いに巻き込まれてここに来たんだがな」

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