第47話 アスパラフライ

 閑話休題。シレンツィオは山菜を集めて歩く。山菜を狙うのは人間ばかりではない。獣や鳥も若芽を狙う。当然遭遇する確率も増える。シレンツィオとしてはそれらも獲物にしたかったが、運悪く手に入れそこねた。そういうときもある。そもそもこの山都は食料が異様な高値のため、秋深くまで狩りの手が入ったのであろう。生き残った獣は、早々簡単に人間に捕まるようなことはしなかった。

”まあいい。帰るか”

”はーい。帰りましょう。帰りましょう。羽妖精は菜食なんで、肉なんていりません!”

 しかし魚は食うらしい。

 シレンツィオがボーラのおしゃべりを聞きながら帰ると、自室の前に金髪碧眼のエルフの幼女が立っていた。もっとも、幼女とはいえ、そこはエルフ、年齢ではそろそろ年寄りであるシレンツィオより年上だったりする。名を、テティスと言う。エンラン伯爵家ゆかりのものと名乗るが、具体的な名字は聞いたことがない。もしかしたらエンランを名乗ることが許されてないのかもしれない。シレンツィオにとっては、どうでもいいことであったが。

 そのテティスがスカートの裾を上げて優雅に挨拶する。

「おじさま、ごきげんよう」

「どうしたんだ」

「おじさまに会いに来ました」

「そうか」

”性悪エルフがまたなにか企んでいますよ、シレンツィオさん”

”あなたと一緒にしないでください。ふしだら羽妖精さん”

「ガットはどうした」

 ガットとはアルバの言葉で猫を言う。猫の獣人であり、テティスにあてがわれた側仕えだった。こちらは本当の幼女である。テティスが人の心を読める権能をもつため、このような処置になったようである。エルフが嫌がる仕事を獣人にさせることはよくあった。

「あの子はその、おじさまの袋から出る匂いを嫌がって逃げ出しました」

「なるほど」

「何が入っているのですか?」

 背伸びして見ようするテティスに、シレンツィオは袋の中身を見せた。

「山菜ですね」

「今から料理するところだ、食べるか」

 テティスの顔が曇った。シレンツィオはちょっと笑った。子供が山菜を嫌うことは、人間でもある。

「そんなに苦くはしない」

「ありがとうございます。では、控えめに食べます」

”山菜の味がわからないなんてお子様ですね!”

「お子様で良いのです。おじさまが好いてくれれば」

 ボーラと言い争いながら、テティスは自らの部屋に向かい始める。シレンツィオの部屋には厨房がないため、料理はテティスの部屋ですることが定番なのだった。

「苦い匂いが追ってきた!」

 テティスの部屋ではガットがそんなことを言って逃げ出した。食わせないから大丈夫だとシレンツィオは言う。袋から山菜を取り出し、洗い、選り分けながらシレンツィオは半分凍って固くなったパンを取り出した。

 これをおろし金にかけるとバラバラになる。パン粉である。固く焼いたものであれば棒で叩いてパン粉を作ることもある。

 鶏卵を使い、山菜をくぐらせた後にパン粉をちりばめ、最後に熱した油の中へさっと入れた。

 すぐにも香ばしい香りがして、テティスの顔が、予想外というふうにほころんだ。

「あの、おじさま。私は控えめでなくてもいいかもしれません」

「そうか」

 合わせる調味料は塩であった。乾燥させた香草を混ぜて、香りをつける。ついでにハムもパン粉をつけて揚げた。

「さて食うか」

 ガットにはハムだけである。シレンツィオは健康にいいからと子供に食い物をおしつけるような趣味はない。欲しければ言え、とだけ伝えてある。

 山菜というと色々な種類がある。シレンツィオが揚げるのに選んだものはコゴミとアスパラガスという植物であった。アスパラガスというのはアルバでは栽培食物なのだが、本来は山に自生する山菜である。エルフの国のアスパラガスはアルバでは珍重される紫のかかったものであり、甘いと評判であった。

 コゴミは草蘇鉄という植物の若芽である。アク抜きしないでも食べることができるほど、苦味は少ない。

 サクサクとした揚げ物を食べたテティスの顔が、にわかに笑顔になった。

「美味しいです。おじさま」

「そうか」

 ちなみに、塩に混ぜ込んだ香草も山菜である。クマネギと呼ばれる草で、にんにくに似た臭気が少しある。

 ちなみにボーラは、一心不乱にアスパラガスを食べており、一言たりとも発していない。

 ガットはその様子を見て、おそるおそる口を開いた。

「にゃーも食べてみたいです」

「そうか」

 ガットは匂いをよくかいで、続いて勢いよく食べてみた。勇気が必要だったのであろう。その勇気は報われて、ガットは笑顔になった。

「なんでおいしいの?」

 そんなことを言う。子供ながらに不思議だったに違いない。シレンツィオは口を開いた。

「もちろん、山菜の中でも苦くないものばかりを選んだからだな」

「おいしいです。おじさま」

「にゃーもすぅです」

「揚げ物で思い出したが、マスかなにかを揚げたものが食べたい。このあたりに魚のいるところはないか」

”いいですね! シレンツィオさん! 賛成です!”

「すみません。おじさま。私、そういうのには不案内で」

「にゃーはしってます」

「そうなのね、ガット、教えてさしあげなさい」

「はい」

 シレンツィオは満足である。幼女幼児に囲まれての生活だが、本人はなんの不満もない。しかも自分の知らない山菜まで食べられるかもしれぬ。

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