第42話 戦いの終わり

突撃バンザイアタックはダメですからね。シレンツィオさんは私の裸を鑑賞する重要な任務があります”

”分かっている”

 シレンツィオは一度下がってそっと走り出した。見つからないように移動する。

”撤退ですか”

”撤退はない”

”ですよね。そんなシレンツィオさんが好きです”

”エムアティ校長を助けねばならん”

”フラッグブレイカー、フラッグブレイカーですよ! シレンツィオさん!”

”牛酪について教えてくれたからな”

”微妙な線をつついて私の反応を楽しんでません?”

”俺の国の歴史に愚帝というのがいてね。死ぬ前に肉の焼き加減について質問したやつなんだが”

”余にも節度はある、ですか”

”そうだ”

 ボーラはシレンツィオの頬をぺちぺちと叩いた。というより触れた。

”戦闘中なんだから反応に困る事を言うのはやめてください”

”そうか”

 シレンツィオは悪魔から見えない場所に移ると、校舎の壁を鉤縄と脚力で昇り切った。校舎の屋上に上がって、校舎を守る教師陣の後ろに出た。

”どうするんですか”

”肉を焼くのに必要なのは観察だ。平面の話があったろう。敵は上からの攻撃までは考えてないんじゃないか”

”待ってください。敵に空襲をかけるのはいいとして、この配置だとどうしても敵の正面視界に入っちゃいます。いくら上の方は見てないと言っても……”

”このままの位置関係ならな”

”あっ”

”ここからエムアティ校長にテレパスを飛ばせるか”

”いけると思います”

”では頼む”

”はい”

 シレンツィオが待っていると、教師陣たちは少しずつ横に動き始めた。土の壁を横に立ててはその影に入るという方式で悪魔に対して回り込もうと動き出す。

 どうやら提案は聞き届けられたようである。シレンツィオは白兵戦用短剣をもう一本取り出した。

 長いような短い待ち時間。悪魔たちは校舎に向かって移動を行う。校舎を破壊するのではなく横をすり抜けて中庭に回り込むのであろう。シレンツィオはもう一呼吸待って、途中まで鉤縄で降りると、ほぼ真上から飛び降りた。筋切りのつもりであった。

 至近距離に現れたシレンツィオに、悪魔たちは一瞬何事が起きたのか分かっていないようだった。シレンツィオは二本の短剣で二体の悪魔を刺殺し、飛び移ってまた一体を倒した。棍棒を振るう悪魔を跳躍で避けて同士討ちさせ、華麗に全滅させている。

 特になんの感慨もなく、シレンツィオは血のついた短剣を見た。本邦と違って懐紙で拭うようなことはなく、この頃は砂で一度洗った後、布で拭き清めて油を塗って保管していた。防錆鋼ステンレス発明前の時代の話である。この頃の鉄器は指紋がつくだけで一日で錆が出ることがあった。

 シレンツィオが手入れのことを面倒くさいと考えていると、ボーラが顔の横に翔んできた。ひどく心配そう。

”……シレンツィオさん”

”どうした”

”戦いが好きとかいいませんよね?”

 シレンツィオは少しだけ笑って、今は料理のほうが面白いかもしれんと言った。

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