第41話 積極戦闘
悪魔が七、八体、姿をみせている。降下し、侵攻経路保護のため魔法陣の方へ向かうようであった。シレンツィオはその姿を眼で追うと、地面により鋭角となって速度をあげている。
”聞いてますか?”
”後で甘やかす”
”急ぎましょう。魔法の反応が複数あるみたいです。交戦しているのかも”
シレンツィオは校舎を飛び越えてその屋根に突き刺さる前に身を翻して屋根を蹴ると全身を撥条にして宙に身を投げ、鉤縄をひっかけて速度を再度落とした。縄を手放し、中庭に降りたった。
悪魔と子どもたちの間に割り込む。
悪魔の足は凍っており、近くではテティスが激しい息をしていた。ガットが抱えている。回避はガットが、攻撃はテティスがやったのであろう。
「よくやった。テティス。ガット」
「逃げろと言われたのですが、わたくし、おじさま好みの悪いエルフなので」
落ちる汗を無視してテティスはにこりと笑って言った。シレンツィオはわずかに頷いた。
「そうか」
シレンツィオは袖口から白兵戦用短剣を取り出した。小剣と言って遜色のない刃渡り五〇cmの品物である。それを、ゆるりと構えた。
シレンツィオの背を見てマクアディがうめいた。
「やっぱり縄はどれだけあってもよかったんだ」
「今度縄とか言い出したら絶交だから。危ない真似とかしたら絶対許さないから」
エメラルド姫がそう言っているのを聞いてシレンツィオはかすかに笑った。次の瞬間には突撃し、悪魔の攻撃を躱している。懐に飛び込むと装甲の継ぎ目に短剣を突き刺して、中の乗員を殺害した。
”笑っていますよ。シレンツィオさん”
”この笑いは酷薄ではないぞ”
”そういうことにしておいてあげます。甘やかされたいのではやく終わらせてください”
シレンツィオは崩れ落ちる悪魔を蹴って角度を調整すると東屋ごと魔法陣を破壊した。
「この学校にきた甲斐があったというものだ」
次の瞬間にはエルフはおろか獣人も眼を見張る速度でシレンツィオは走り出している。黒い外套をはためかせ、目線は上に向いている。
悪魔がまた一体、降ってくる。子どもたちが悲鳴をあげる中、シレンツィオはその頭上を飛び越えて校舎の壁を伝って走り、悪魔の上に飛び乗った。青い血で濡れた短剣で狙いを定めてまた鎧の継ぎ目に突き刺した。鎧越しにくぐもった悲鳴のようなものが聞こえたが、シレンツィオは無視する。
絶命したときの不随意運動からして、悪魔の腕のうち二本は、装着者というか、中に入っている人間かそれに近い生き物の腕が納められていたようである。この腕は、操縦のためにあるのであろう。
「実質腕二本となるとますます人間やエルフと変わらんな。近接戦に弱いのはなぜだ」
”近接戦を想定してなさそうですね。懐に入られれた後、特に抵抗できていません”
”その割に棍棒を持っていたが”
”棍棒じゃないのかも”
「飛び道具か」
呟いた時と前後して爆発が起きた。
”魔法です。爆発の規模から火球と推定。距離三〇〇m、誤差はプラスマイナス五m、
”エルフか悪魔か”
”目下不明。データ不足です”
”味方なら楽でいいが……”
”敵だと厄介ですね。敵がなぜ飛び道具や魔法を最初使わなかったのかは謎ですけど”
”魔法陣は破壊した。悪魔は何を狙うと思う?”
”侵攻が目的だったとして、魔法陣の復旧でしょうね”
”だとすれば、ここで待っていればよさそうだな”
シレンツィオは子供たちを見た。
”あとは避難だが、どこが安全かだ。子供たちを狙われると寝覚めが悪い”
”校舎の中はどうですか。悪魔の大きさからいって、建物をわざわざ壊さないといけません”
”ではそれでいこう”
「皆、一度校舎に入れ。落ち着いて、だ。テティス」
シレンツィオはテティスに避難を指揮させようと声をかけた。正直、他に人脈もない。
テティスは頷くと、シレンツィオに向かって背伸びするように口を開いた。
「おじさまはどうなさるのですか?」
「お前たちを守る程度はしないとな。格好がつかん」
「分かりました。ご無理はなさらずに」
”逃げてもいいと思います。おじさまがエルフのために戦う義理はありません”
口で言うこととぜんぜん違う内容をテティスはテレパスで送ってきた。器用なものだとシレンツィオは思いながら、返事を返す。
「俺の部屋で罠にはまっているやつは少しは護衛の役に立つ。待っていてくれ」
シレンツィオはそう言って顔をあげる。
”一番近くに寄って来ている悪魔は?”
”爆発音が聞こえたところです”
”いくか。時間を稼ぐためにも積極的に出る”
”はい。あとで甘やかすの忘れないでくだ……”
”どうした”
”フラッグかなと”
”よく分からんが、忘れないので安心しろ”
シレンツィオは走る。校舎を回り込んで校庭に向かう。その間も爆発音と轟音が連続して起きており、戦闘が起きていることが伺われた。稲妻の走った後の匂いがして、シレンツィオは驚いている。
”稲妻を撃つ魔法なんてあるのか”
”四属性外。北大陸のエルフでは使われていない魔法です”
”悪魔か”
”おそらく”
シレンツィオが校庭に到着するとそこには悪魔の一団と教師数名が距離を取って魔法を打ち合っていた。取り敢えず木立に身を隠し、シレンツィオは様子を伺う。悪魔の持つ棍棒から稲妻が出ている。
”あれで撃たれたら死ぬな”
”間違いないと思います”
シレンツィオは戦う様子を見て、短く唸った。
”これが悪魔本来の実力か。こうも連続して撃たれると、近づく事もできず、稲妻に撃たれて死ぬな”
”最初にあったときは、シレンツィオさんの実力を著しく過小評価してたんでしょうね”
”ふむ。敵が一箇所に集まったのもそれが原因か”
シレンツィオは教師の方を見やる。数名の教師が土壁をどんどん生成しつつ、これを盾とする一方でエムアティ校長が火球を飛ばして悪魔を攻撃していた。
その火球だが、悪魔にはあまり効果がないようである。火球が直撃する前に半透明の丸い壁に激突して爆発、爆風もあらかた阻止されているように見える。
”障壁魔法ですね”
”俺のときには使ってなかったが”
”あれは対魔法魔法ですよ。おそらく、悪魔はエルフ対策はしていても、物理で殴ることは想定もしてなかったんじゃないですかねえ”
”そうか”
”エルフの攻撃は北大陸エルフの標準的魔法戦戦術に沿っていると思います。風や水の魔法使いがいないみたいですねえ”
”陸軍では風や水の魔法使いはそうそういないと聞いたことがある”
”なるほど。でも、どうしますか、シレンツィオさん。現状悪魔のほうが押しているように思えます。土の壁が魔力切れで生成できなくなったら、押し切られると思いますけど”
突破されたら中庭に突撃されて魔法陣が復旧されてしまうだろう。それ以前に校舎に取りつかれると、子供たちが危ない。
”さてどうするか”
幸い、敵は一箇所に集まって攻撃をしているようである。テティスを含む子供たちを守るという観点ではこれは好都合だった。シレンツィオ一人であちこちに走り回らないでいいからだ。一方で敵が集中している現状では、シレンツィオでは近づくこともままならない。
迂回して後ろをつけば、とも思うのだが、悪魔も警戒して一体を割り当てている状況だった。
”遠くて思念がはっきりと読み取れませんが、警備兵が急いでいるみたいです”
戦況を見ながらシレンツィオは考える。
”待つほどの時間はないな”
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます