第40話 悪魔に効く串

”そうなるな。鎧に魔法をもたせたのだろう。あの異形の形は、そういうものと見た”

”なるほど。どうしますか?”

”中身が人間というのならやりようはあるだろう。刃が九cm体内に入ればだいたいそれで殺せる”

”シレンツィオさんはあんまり戦わないほうがいいです。私のために”

”わかった。では少女を助け、相手が戦う気をなくす程度にしよう。まだ見つからないか”

”今見つけました。魔法陣の上のような気がします”

”そうか、あとどれくらい走ればいい?”

”防音結界をキャンセリングしました。悲鳴が聞こえてます。距離一二五m。目の前の瓦礫を超えれば視認できます”

 シレンツィオは瓦礫の上に乗ると投擲用の鉄串を取り出し、槍投げ器に嵌め込んだ。数歩助走して投げる。

 放物線を描いて鉄串が悪魔を刺し貫いた。柄まで刺さった鉄串が作った傷跡から、青い血がとめどなく流れて、悪魔は動きを止めた。

”悪魔の装甲は薄くないと思うんですけど……”

”魔法陣に似た模様があったからな。魔法で動くのなら鉄が効くという道理だ。まあ、自信はなかったが”

 鉄でなければ価格の問題で装甲はさほど厚くあるまい。そういう読みである。

 シレンツィオは走ると薄い本の少女の前に出た。

「よう。奇遇だな」

”え、ここでそんな嘘つく必要あります?”

”女に貸しを作らないためなら嘘はどれだけついてもいい”

”ポリコレ棒でぶっ叩きますよシレンツィオさん”

 助けられた薄い本の少女は植木鉢を持っていた。シレンツィオを見上げて震え上がっている。

「ち、違うんです。お、お花を植えたらなにかあるかもとか思っただけで」

「その土は幼年学校の敷地内にあった林のものか」

 薄い本の少女が何度も頷く。

”あの林、いじめや私刑リンチによく使われていたんでしょうね。エルフの大量の血で魔力が回復していたのかも”

”そうかもな”

 シレンツィオはそう言って、薄い本の少女に声をかけている。

「立てるか」

「は、はい。あの」

「研究以外でも進級できる方法を考えよう」

 シレンツィオがそう言うと、ボーラは不満そうに周囲を飛んだ。

”ブッブーですよ、シレンツィオさん。ブッブーです。私以外に優しい声を出さないでください”

”優しかったか?”

”微妙に、微弱に。私ほどのシレンツィオさんフリークならまあまあ分かるくらいに”

”そうか”

薄い本の少女を抱き上げ、流石にテティスより重いとシレンツィオは考える。

”女の子の体重にそういうのはダメですよ。シレンツィオさん”

”生きて逃げるためだ。魔法陣はどうだ”

”再起動しますね。出現位置は半径四五〇.三m半径内の乱数配置になります”

”出たとこ勝負か”

”そうなりますねえ。出現後すぐに魔法陣に戻ってこれを破壊する必要があります”

”分かった。やってくれ”

”もうやってますってば。あと五秒です”

 悪魔たちが迫ってくる。ボーラが数える数字を聞きながら、シレンツィオはじっと待った。


 シレンツィオが放り出されたのは空中二五〇mほどの場所だった。上から見た学校の全景を見て、シレンツィオは見事なものだなと思ったが、このままでは墜落死は避けられぬ。シレンツィオは抱えていた少女を放すと外套を広げて裾を持った。凧のつもりだったが速度はわずかにも下がらない。そもそも減速できるともシレンツィオは思っていなかった。

 ただ、少しだけ滑空できれば良い。

 シレンツィオが狙った場所は山の斜面である。そこまで行ければ二五〇m落下、とまではいかずにすむ。

 悲鳴もままならぬ少女を抱え直し、ボーラがシレンツィオの外套を引っ張り上げる。羽妖精が触れた場所から魔力が通って、外套に刺繍されていた模様が銀色に光った。

 言葉を発する間もなく、山が近づく、シレンツィオは岩場に転がった。森林限界を超えていたのか、木々が生えていなかったのは幸いだった。生えていればもっと悲惨なことになっていただろう。シレンツィオは外套を盾に少女を抱えて数度転がると、背中が痛いと言いながら立ち上がった。

”ど、どうです。私の内職の成果!! こんなこともあろうかとまた谷から翔んだときのために外套に飛行の魔法を刺繍してました!! 制限荷重越えていたので不時着でしたけど”

”半径四五〇mとか言っていたが、ありゃ平面じゃなかったのか”

”普通は平面なんですけどね。あの魔法陣が欠陥品ってだけです”

”本当に欠陥品なのか”

”別の見立てあるんですか?”

”俺が使ったことのあるリアンの転移陣は出口を抑えていたら、もう移動ができなかった。出口の周りに兵を置いていればいいんだからな”

”そもそも戦争用ではないですからね”

”あの魔法陣は侵攻用かもしれんぞ”

 ボーラは浮かびながらしばらく考えて、苦い顔になった。

”悪魔が滑空装備持っていたらそうですね。乱数配置は、防御を難しくするため? ありそうで嫌です。悪魔が時間をかけて魔法陣を仕掛けていたのかも”

 シレンツィオは釦を押すと二つのうち一つの剣帯を外して地面にばらまいた。二〇本近くの短剣が斜面に落ちる。何度か飛び上がり、軽量化した自分の調子を確認した。

”まあ、魔法陣を破壊してしまえばいいだけだ”

 シレンツィオは薄い本の少女の頭の上に手を置いた。

「ここから魔法陣までざっと六〇〇mだな。ここは安全だ。少し待っていろ」

 薄い本の少女は呆然としたあと、急に生気を取り戻した。

「な、なんで私のために?」

「俺は女好きなんだ。気にするな」

”それめっちゃ気にになるやつじゃないですかバーカー!”

”俺の国では割と強力な女よけの言葉なんだが”

”今後は禁止ですからね。美人で可愛い羽妖精を飼っているんですから”

 シレンツィオは山の斜面を走ったと思った次の瞬間、外套を広げて飛んだ。

”返事してください!”

”分かった分かった”

 非常時なんだがなと思ったが、ボーラはなおもぶつぶつ言っている。

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