第39話 悪魔の食事

 一人と一妖精が歩を進めるとそこは燃え盛る廃墟になっていた。破壊された家屋から続々と三mほどの巨大な黒い鎧と一体化したような生き物が姿をみせ始めていた。目は四つで腕は四本、そのうち二本には武器らしきものをもっている。

”割と最悪ですよ。こんなの見たことがありません。きっと良くない異界と接続されています。これだからエルフは”

”仮になんと名前をつけるべきか”

”悪そうなんで悪魔とかでいいんじゃないですか”

”なるほど。ではそれでいこう”

 悪魔はシレンツィオを四つの動く眼で追いかけ始めると棍棒を手に迫り始めた。

 シレンツィオは周囲を一度見回すと羽妖精に思念を飛ばしている。

”海ならば綱を切るが、ここならどうだ”

”魔法陣を修正して破壊するしかないと思います”

”なるほど。こいつらがテティスやガットを襲ったら目覚めが悪い。あの少女と魔法陣の位置は分かるか?”

”ボーラにお任せください。魔法陣は分かりました。南東(ルビ:シロッコ)です。女の子の方は捜索中です”

”分かった”

 シレンツィオはボーラに導かれて走り出した。悪魔も追いかけ始めるが、出だしの速度はシレンツィオの脚力が勝った。

”シレンツィオさん、推定ですが悪魔の最高速度は馬よりも早いですよ”

”そうか”

 推定時速七〇kmを超えることを意味する。

 シレンツィオは方向転換を繰り返して悪魔が最高速度を出せないようにして距離を引き離し始めた。

”悪魔の一部が迂回するように動き出し始めました”

”包囲だな。穴はあるか”

”ありませんけど”

”そうか”

 シレンツィオは包囲に動いている悪魔めがけてまっすぐ走った。包囲が完成するまえに接触したほうが敵の数は少なくなるからである。シレンツィオを追いかける悪魔が棍棒を振り下ろした瞬間横っ飛びして包囲に動いていた悪魔と同士討ちさせ、横をすり抜けて走った。

”流石です”

”ボーラが後ろを見ていてくれたおかげだ”

”えへへ、それほどでも。それにしても……これ多分、どこかの国がしかけたってことはないですよね。こんな芸当できる組織や国があるなら、シレンツィオさんの身柄とか心底どうでもいいはずなんで”

”そうだろうな。だがまあ……”

 シレンツィオは走りながら思う。

”丁度いい。せいぜい利用させて貰うとしよう。テティスやエメラルド姫を政争に巻き込むわけにはいかん”

”どっちが悪いかわからなくなりそうですよ。シレンツィオさん。もっと正義の味方ぽくしなくちゃ”

”その言葉はどんな食料より腐りやすい。使わんことだ。それは心のなかにある間しか、輝かぬ”

”シレンツィオさんはずっと言葉にしていませんから、凄い光り輝いてますよね。今ならわかります”

”俺のはそうじゃない。不幸な女に声をかけるのはアルバの男としての唯一無二の神聖な義務だ。それで命を失ってもまあまあ仕方ない。それだけだ”

 シレンツィオのこの言葉は、後世の偽作であるという者もいる。ただ、アルバやその後継である国々の男はシレンツィオのこの言葉をシレンツィオが言い始めたとしている。彼らが墓場まで持っていく大事なものの唯一である。その言葉ははずっと先、現代まで続き、つい先だっての大戦でも弱軍と言われたニグロアルバの軍が、女学校を守ってこのときだけは大奮戦したという逸話が残る。

 シレンツィオの言葉を聞いて、ボーラは難しい顔をした。

”そんなこと言うと私一番不幸になりますからね”

”そうはさせん。俺がいる”

”えっへっへ。じゃあ、気を引きたい時に不幸になりますね?”

 シレンツィオはしばし何も言わず、悪魔から逃げ回っている。一度悪魔たちから逃れ、次に思ったことは全然別のことであった。

”少女を探す以外にもう一つ探して欲しい。悪魔は何を食べているのかを知りたい”

 ボーラはえーと声を出した後、シレンツィオの肩のあたりを飛び回った。シレンツィオの顔を見て回っているようであった。

”あのですね、シレンツィオさん。不真面目が信条の羽妖精がこんなこというのはなんですが、今はシリアスパートですよ、絶対”

”シリアスが何かはしらんが、俺が真面目なのは疑いようもない。重要なことだ。何を食べているか、ということは”

”えー、そうなんですか?”

”身体は食ったもので出来ている。食事は文化を作る。そして食事は行動を決める”

 ボーラは半信半疑だが、頷いた。

”まあ、言われてみれば”

”パスタを覚えているか”

”美味しいですよね。あれ”

”あれは本来海水で茹でる。言うならば船乗りの食い物としては最高だ。乾燥しきっているので腐りもせず、数十年も保管できる”

 それがどうした、とはボーラは言わなかった。ただシレンツィオの言葉を待った。

”つまり、海沿いで進撃する前提ならアルバの軍は速いし強い。陸では逆だな。パスタを茹でるのに大量の水が必要だ。とてもじゃないが補給が追いつかない”

”あー、なるほど。悪魔の食べ物から、そういう傾向が見えるはずだと”

”そうだ”

”じゃあ、本気を出して探さないとですね。どこかな……”

 ボーラは高く浮かぶとすぐに戻ってきた。頭上を稲妻が飛んでいる。こちらも遠くを見渡せたが、敵からも見えたというところ。

”すみません。見つかっちゃいました”

”気にするな。それよりなにか手がかりはあったか”

”野営地みたいなものがありました。もぬけの殻でしたけど”

”お誂え向きだ。行くぞ”

”はい

 追いかけられながら羽妖精の先導で野営地を探す。追跡を振り切らないといけないので中々難しい。走ることしばし、それはあった。開けた場所に焚き火の跡、あちこちに金属の容器が落ちていた。ようやく足をとめる。

”慌てていたんでしょうか”

”それはない”

 それにしては、整理整頓されすぎている。食器を眺めてシレンツィオは考えだした。

”使い捨て……なのだろうな”

”もったいないことをしますね”

”しかし、使い勝手はすこぶるいいはずだ。鉄の味がしそうだが……それとも違うのか”

 シレンツィオは金属の容器を短剣で突き刺して持ち上げると、舐めて味を確認した。

”鉄の表面に何かを塗りつけてあるな。なるほど。とはいえ、鉄は鉄だ”

”それ戦闘に関係します?”

”するな。この容器の金属が鉄かどうかは重大な問題だ”

”なるほど。鉄なら魔法が使えない種族というか人間かもしれないんですね”

”容器の開け方を見るに、おそらく人間の手と同じかそういうものをもっているんだろう。つまり……”

”つまり?”

”悪魔には人間が入っている、ということだろうな。ふむ”

 シレンツィオは悪魔が近づいているというのでまた走り出した。走りながら考える。周囲は都市で、同時に焼け野原だった。戦場だったのは間違いない。

”人間が魔法を使うにはどうしたらいいか。ということに対する回答の一つだろうな”

遺産アーティファクトみたいなものですか?”

”そうなるな。鎧に魔法をもたせたのだろう。あの異形の形は、そういうものと見た”

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