第38話 北風
”待ってくださいね。シレンツィオさん。うーん”
”どうした”
”シレンツィオさんと私の部屋からの思念なんですが、助けに来たのにまたコレかとか喚いている感じです”
”またこれというからには過去にも引っかかったわけだな。エメラルド姫か”
”いえ、ほら、銀髪のエルフですよ”
”そう言えばそういうやつもいたな。まあいいだろう”
”シレンツィオさん、子供と女性以外は塩対応すぎませんか”
”一緒の船に乗っているなら親切だぞ”
”それって地上ではずっと塩対応ですよね”
”そうなるな。まあ、地上が悪い。残念だった”
シレンツィオは鉤縄を使って窓枠にひっかけると地上に向かって降りていっている。片手でも余裕であった。
降りた場所は中庭である。普段は閑散としているのに今日に限っては大量の生徒がおり、その最前列にエメラルド姫とマクアディが並んでいた。
”ソンフランか”
”シレンツィオさん、口、口”
「ソンフランか」
マクアディは呆然としている。シレンツィオは二秒考えた後、口を開いた。
「縄はどれだけあってもいいと言ったはずだぞ」
「そうだった」
その返答が気に食わなかったのか、隣のエメラルド姫がマクアディの襟を掴んで揺らした。
「正気に戻りなさい、マクア! この古代人の真似なんかしてたら転落死しちゃうから! ダメよ、絶対ダメ」
「恋の気配がしますね。おじさま」
片手で抱き上げられたまま、テティスは言った。
”でも鈍感系主人公の気配がしますよあの子。女の子は幸せになれないんじゃ”
羽妖精が応じる。
シレンツィオは他人の恋愛事情に興味はない。子供であればなおさらである。それで、別のことを口にした。
「ところでみんなしてどうした」
マクアディとエメラルドが呆れた顔でシレンツィオの後ろを指さした。
後ろを振り向くとそこには東屋があった。それが爆発したのか煙をあげている。煙の量は激しく、東屋付近の視界を妨げていた。
”起動は無理なんじゃなかったのか”
”そのはずです。一〇〇人必要でも私は驚きません”
シレンツィオはテティスとガットを下ろすと、安全な場所に隠れておけと言いおいて、なんのてらいもなく煙に向かっている。あまりに自然体だったので、誰もシレンツィオが煙に近づくのを止めることができなかったくらいである。
”風の動きと煙の動きが一致していない”
””良くない状況ですよ、シレンツィオさん、
”どういうことだ”
”異界と繋がっていると思います”
”そうか”
シレンツィオは煙の中に入った。匂いのない煙だ、胸を焼くような感じもない。シレンツィオは歩を進めた。
”なんで入りますかねえ。魔界とかに繋がってたらどうするんですか?”
”こういう面白そうなのは、取り敢えず入る主義だ”
”これまでよく生きていましたね”
”遠く、遠くへ目指して人という種族は生きてきた。これまでも、これからもだ。俺が死んだくらいでこの流れを変えられるとは思わない。先人がどれだけ死んだと聞かされても、俺の足が止まらなかったと同じだ”
羽妖精はシレンツィオの襟から顔を出した。透き通った羽を羽ばたかせた。
”難しいことを言っていますけど、つまりあの子の安否を確認するわけですね?”
シレンツィオは何も言わなかった。ただ胸を張って歩くのみである。
”人間の
”いけずですよ。いけず。今の渾身のいけず顔見ました?”
”いや”
”そうですか”
羽妖精はあまり残念でもなさそうにそう言うと、シレンツィオの顔の前を翔んでその額に口づけをした。
”あと、さっきのは人間の性質の話ではありません。貴方の魂の形の話です。シレンツィオさん”
”そうか”
”この先何があってもついていくんですけど、私に言いたいことはありませんか?”
”お前の名前は?”
羽妖精は笑顔を浮かべた。その笑顔は長い航海を経た旅人も見たことのないものであった。
長いような短い時間の後、涙ぐんだ羽妖精は笑顔を浮かべた。
”残念、私の名前はないのでした。名前を入力してくださいね”
”ボーラ”
”北風ですね。はいっ”
ちなみにアルバ語ではすべての方位の風に固有名がついている。海洋民族で長いこと風任せの生活だった名残であるという。
ボーラは嬉しそうにシレンツィオの周囲を飛び回った。
一人と一妖精が歩を進めるとそこは燃え盛る廃墟になっていた。破壊された家屋から続々と三mほどの巨大な黒い鎧と一体化したような生き物が姿をみせ始めていた。目は四つで腕は四本、そのうち二本には武器らしきものをもっている。
”割と最悪ですよ。こんなの見たことがありません。きっと良くない異界と接続されています。これだからエルフは”
”仮になんと名前をつけるべきか”
”悪そうなんで悪魔とかでいいんじゃないですか”
”なるほど。ではそれでいこう”
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