第34話 確保されたシレンツィオ
”タイプがなんなのかは知らんが、疑われるほどなにか事情があるわけではないな”
”今大人の女が恋しいと思いましたね”
”それはわたくしも感じました”
シレンツィオは心の中で苦笑すると、作戦を立て直すことにした。
授業を受け終わると大体午後三時頃になる。シレンツィオの場合、ここから夕食の支度をしなければならない。シレンツィオが食材を並べて何を作ろうか思案をしていると、来客があった。
「ソンフランか。いいぞ」
”よく分かりますね、シレンツィオさん”
”足音の違いだな。テティスは非常に小さい。おそらくは息を潜めて、誰にも見つからないように生きていたんだろう。侍女であるガットもそうだな”
”気持ちは分かる気がします”
”羽妖精にもそういうのはあるのか?”
”そうですね。この世に楽園などきっとないのでしょう”
”そうでもない。多分な。俺の今住むところは……”
「釣床、ちょうだい!」
「おお、そこにあるぞ」
小さめの釣床を受け取ると、マクアディは満面の笑みで喜んだ。
「ありがとう!」
「約束だったからな。ところでいいのか?」
「何が?」
「つけられているようだが」
へっ? とマクアディが振り向くと同時に扉が開いた。というよりも外れた。そこから姿をみせたのは件(ルビ:くだん)のエメラルド姫である。扉と一緒に見事に倒れており、誰相手でもみせてはいけないような面白い姿になっていた。
シレンツィオが片目で見た感じ、ここで爆笑せずに助け出しているマクアディは偉い。
「ソンフランはアルバでも立派にやれるな」
「なんのこと?」
「女性を大事にするやつは恋多き人生を送る」
”ポリコレ棒でぶっ叩きますよシレンツィオさん”
”俺の国の常識だ”
”滅んじゃえそんな国。女の敵じゃないですか”
”そうか? 世界一女が生きやすい国と言われているんだが”
襟が抗議のために激しく揺れているが、エメラルド姫が大変なことになっているので誰も注目しなかった。
シレンツィオは口を開いた。
「助けはいるか? 怪我は?」
介抱するマクアディが返事した。
「大丈夫。なんだよエメラルド、こんなところで」
”うわ、察し悪い系主人公の嫌な匂いがしますよシレンツィオさん”
”何を言っているのか分からんが気のせいだろう”
エメラルドを見る。エメラルドは額を擦りむいたようで、両手で額をかばいつつ、泣きそう。マクアディはその様子を見ても何も思わないようで、言葉を続ける。
「痛いの? 大丈夫?」
「大丈夫だけど……」
エメラルドは壊れた扉を見た。そのまま視線を動かしてシレンツィオを見る。
「この扉、壊れやすすぎ! なんなのよう! もう!」
「エメラルド、それは駄目だろ。こういうときは謝るんだよ。一緒に謝ってやるから」
マクアディがそう言うと、エメラルドは顔を真っ赤にして怒り出した。
「なんであんたが謝るのよ! おかしいでしょ!!」
”シレンツィオさん、これが逆ギレですよ”
”そうか”
”扉、壊れやすくなってたんですねえ”
”前に一度壊れたからな”
シレンツィオと羽妖精がのんきにテレパスを飛ばし合う間にも、エメラルド姫はマクアディとやりあっている。微笑ましい様子であった。
”お似合いだな”
”身分差があるから、学校だけの関係でしょうけどね”
”そもそも子供の時分の恋なんか成就はしないだろう”
すると壊れた扉から第三、第四の追跡者が現れた。テティスとガットである。
「話は聞かせてもらいました。エメラルド姫を私は応援します」
テティスはそんなことを宣言している。流れが分からないので、エメラルドとマクアディは呆然とした。
”性悪幼女さん、隠れて私達の会話を傍受してたみたいです”
”そうか”
シレンツィオはちょうどよい頃合いとみて、エメラルドの前に膝をついている。
「こんな状況で済まないが、リアン国の方とお見受けする。自分はアルバ国からの留学生なのだが、本国に手紙を送りたくてな」
「え? アルバ? ずっと東の国の? 古代人がいる?」
「そのアルバだ」
エメラルドはシレンツィオを見たあと、マクアディを見た。楽しそうに笑顔になっているマクアディを守るようにエメラルドは動いている。
「私に用があるならこの子を出汁にしないで。それと扉については弁償させます。詫びはじいにさせます」
「詫びや弁償はともあれ、ソンフランとはここについてからの友人だ。というよりも、貴方と関係があるとは思いもしなかった。そもそもそこのテティス嬢から話を聞くまではリアン国の人物がこの学校にいるとも知らず」
「なる、ほど……?」
半信半疑という風だが、一応エメラルドは納得した。確認の手順など取らなかったのは、まだ幼かったからであろう。
「でも変ね。アルバ国といえば銀の主要輸出国、その留学生だったら私が知らないわけがな……」
エメラルドの顔が急に面白いことになった。なにかに思い当たったという。
「マクア確保!」
「え? うん」
マクアディはシレンツィオに抱きついた。それを見てガットはシレンツィオの背中に飛び乗っている。
「これはにゃーとお嬢様のです」
「ちがーう!」
エメラルドは手を振り回して言った。一国の王族とは思えぬ動きであった。シレンツィオを指差す。
「見つけた。あなた行方不明になっているシレンツィオ・アガタでしょ!」
「シレンツィオ・アガタなのは間違いないが、行方不明とは」
「士官学校に姿をみせなかったのでうちの国(ルビ:リアン)で大騒ぎになってるのよ」
「そうか。おかしいなとは、なんとなく思ってたんだが」
”その違和感をちょろく無視できるのがシレンツィオさんの才能というか、心底すごいと思うところです”
”この場合はこの学校やルース王国、あるいはリアン国の管理体制が問題なのではないだろうか”
”まあ、そうとも言いますね”
そこまでテレパスでやり取りしたところで、皆の注目がテティスに集まった。テティスが片手を綺麗にあげている。
「ルース王国エンラン伯爵家として異議を申し立てます」
「え。なに?」
うっかり口に出たマクアディの言葉が場を代表していると言えるであろう。テティスはマクアディをつんと無視して、言葉を続けた。
「リアン国の管理能力は異国からの客人を迎えるにあたわず、ならばエルフを代表してエンラン家がおじさまを保護いたします」
”シレンツィオさん! 外堀どころか内堀まで一気に埋めようとしてますよ、この性悪幼女は!”
”おだまりなさい。士官学校では羽妖精が潜り込まないように結界があるんですよ。あなたにも利があるはず”
”なんでピンポイントにそんな変な結界があるんですか。おかしいでしょ!”
”理由なんてしりません”
テティスはそう思った後、満を持してふんすとシレンツィオに抱きついた。シレンツィオは子供に子囲まれて若干頬を緩ませている。ただ状況は、なんだかよくわからないほどに混沌となっていた。
なお、陸軍士官学校に羽妖精避けの結界があるのは数学不正対策である。士官学校では飛躍的に数学課題の難易度が跳ね上がるので不正対策として数学が得意な羽妖精対策がもれなく取り入れられていた。けっして冗談でも適当だったわけでもない。自然対数や三角関数程度はできないと士官学校はやっていけなかったのである。
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