第33話 外堀から埋める

”この学校って、要するに子弟を人質にしているわけですよね”

”そういう風に使うこともできるな。潜在的な味方を教育して、輸出しているという言い方もできる”

”なるほど、色々な思惑があるんですねえ。ところでリアン国の生徒のところに行くのに、なんで性悪幼女のところに行くんです?”

”誰がリアン国のエルフなのか分からん。それで聞こうと思ってな”

”あー。シレンツィオさん、一切他人に興味ないですもんねえ”

”ないな”

”いいことです。その分私を見てくださいね”

”そっちのほうが飽きないでいいな”

”でしょう? でしょう? シレンツィオさんはすっかり私にめろめろですね”

 羽妖精は姿をみせてシレンツィオの目の前で踊りたかったが、人目があるのでやめた。代わりに不自然に襟を揺らした。この襟、最近ではすっかり羽妖精の棲家になっていた。

 テティスは羽妖精のテレパスを拾ったか、教室から出てシレンツィオに手を振った。飛び上がって手を振っている。

「おじさま、どうなさったのですか?」

 他の生徒からすると一種異様な、あるいは事案のような光景であるが、本人たちは気にしていない。

「実はリアン国の生徒を紹介してほしくてな」

 シレンツィオは本国に手紙を送りたいという事情を思った。テレパスで読み取ったテティスは頷いて口を開いている。返信までテレパスにしていると、余人から見て会話しているように見えなくなるからだった。

「それでしたら一人、いらっしゃいますよ。第三王女エメラルド姫が。この方なら適任だと思いますけど」

「翠玉姫。なんとも美しい名前だが」

 テティスは笑顔のまま空気を凍らせた。

「あら、おじさま、新しい女を探そう、とか?」

「事情は話したろう」

「そうでしたね」

 テティスはそう言った後、笑顔で背伸びした。

「私のテティスという名前にも銀の脚という意味がありましてよ?」

「なるほど。エルフというものは美しい名前をつけるものらしい」

”そろそろ満を持して私の名前を聞くべきでは”

 テティスは羽妖精のテレパスを無視した。

「でも、注意をなさったほうがよいかと思いますよ。エメラルド姫の別名は火球、ですもの」

 火球というのはエルフの陸軍が多用する火力魔法メインファイアである。数百人を吹き飛ばす力がある。この魔法の存在によって対峙する軍はそれまでの密集陣形から散兵戦術へ転換を余儀なくされたとされる。人間から見ると忌々しい魔法であり、死の象徴だった。

「なんともこう、物騒な名前だな」

「確か八歳で第二学年ですから私たちと同じですね」

 同じなのかとシレンツィオは思ったが、何も言わなかった。

「では手紙を届けてくる」

「中身を確認しましょうか? エルフ特有の言い回しなどもありますから」

「いや、大丈夫だ。大したものではない」

 金策と知られるのも心苦しく、シレンツィオはそう言って断っている。再度空気が凍ったがシレンツィオは特に気にしていなかった。そのまま案内された場所へ歩いていっている。

「あ、シレンツィオだ」

 いつもと違う教室には、当然のようにいつもと違う人物がいた。マクアディ・ソンフランである。このエルフの少年というには幼い人物はルース王国の出身であり、シレンツィオによくなついていた。出は貧しい騎士の家である。

 そのせいだろうか。マクアディは行儀悪くも机の上に座っていた。そこから飛び降りて、シレンツィオのところへ走り寄っている。

「話し中だったが、良かったのか」

「いいってことよ。俺たち友達だろ」

 マクアディはそう言うが、先程まで一緒に話していた背後の幼女はそうでもなかったらしい。見事な金髪を軽く逆立てて怒り狂っていた。

”シレンツィオさん、目です”

”目か。綺麗な緑だな。ああ”

 どうやらその人物が、エメラルド姫のようであった。依頼する前に怒らせたようである。

 さらには運の悪いことに、エメラルド姫の後ろには見知った銀髪のエルフが控えていた。

”あのエルフ……”

”中々ままならぬものだ”

”シレンツィオさん、殺したら駄目ですからね”

”分かっている”

 シレンツィオは大胆な行動に出ることも多いがバカではない。時期を見てやり直そうと考えた。

 マクアディは屈託ない笑顔でシレンツィオに尋ねた。

「何の用?」

「野暮用でな」

 シレンツィオはそう言って、マクアディの頭を撫でた。

「いつぞやの約束を覚えているか」

「釣床くれるの?」

「ああ」

「やった!」

 抱きついて喜ぶマクアディだが、その背後ではすぐにも火球を飛ばしてきそうなエメラルド姫がいた。

 まったくままならぬものだとシレンツィオは考える。

「あとで取りに来てくれ。俺の部屋は分かるだろう」

「うんっ」

 シレンツィオは早々に退散する。

”怖そうな人ですね”

”誰がだ”

”エメラルド姫ですよ”

”そうか”

”シレンツィオさん、いくら他人に興味ないからって……”

 すると物陰からテティスが出てきた。笑顔を浮かべている。

「あらおじさま、手紙を渡すのではなかったのですか?」

 廊下に立っていた生徒たちが走って逃げるほどの冷え冷えとした声だった。向こうが火球ならこちらは氷嵐である。

「間が悪かった」

「本当かなぁ?」

 後ろ手に小首を傾げるテティス。対してシレンツィオは手を出した。その手と顔を、テティスは交互に見た。

「これは?」

「読んでみたらいい。おそらくその能力テレパスは、距離が近いほど強くなるのではないか」

 するとテティスは面白くなさそうに横を向いた。

「結構です。どうやらごまかす方法を編み出されているようですし」

”そんなのあるわけないじゃないですか。シレンツィオさんは鉄が使えるんです《魔法が使えません》”

 羽妖精が割り込んだ。テティスは難しい顔をした後、シレンツィオの顔を見上げる。

”お手紙はどうなさったのですか? おじさま”

「姫が殊の外不機嫌でな。時期を見てやり直そうと撤退してきたところだ」

「ふぅん。分かりました。では騙されてあげます」

”シレンツィオさんが騙すほどなにか考えているわけないじゃないですか”

”黙っててください。それだから羽妖精では大帝国が築けぬのです”

”あー、シレンツィオさん、この性悪幼女、ちょいちょい外堀からうめて束縛していくタイプですよ”

”そっちこそ!”

 シレンツィオはテティスの頭をなでた。

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