第32話 金策

 それでしばらくは、幼年学校生活が続いた。シレンツィオは学業において実に真面目で、エルフ語をあっという間に覚えていっている。元々何ヵ国語も使えた関係で、覚えるのが非常に早かったのだろうと言われている。

 私生活においてはテティスの普段の食事はガットが作っているとのことで、見かねたシレンツィオは度々食事を出していた。ガットを休ませようという魂胆である。口にしては何も言わないのであるが。

 さらに忠誠心はさておき、料理が苦手なガットに対して料理を教えることもしている。この関係でガットはシレンツィオの部屋に度々入り浸り、そして昼寝をしては寝小便をした。

”私の家が!”

”困ったものだな”

”シレンツィオさん、全然困ってなさそうですよ”

”まあそうなんだが”

 この時代、洗濯に尿を使うこともそれなりにある。このためシレンツィオはあまり忌避感もなかった。あるいは単に子供に甘かったのかもしれない。

 寝小便の度にガットがあやまるので、シレンツィオは頭を撫でて、そのうち治ると言っている。


 そんなある日のこと。

”金を稼がねばならぬな”

 そう思った瞬間、シレンツィオの襟が揺れた。

”性悪幼女から食費貰えばいいじゃないですかと言いたいところですがシレンツィオさんはやりませんよね”

”やらんな”

”どうするんです?”

”金を稼ぐか”

”シレンツィオさんがお金が稼ぎする姿なんて想像もつきま……う”

”う?”

”なんでもありません”

”想像ついたな”

”だ、駄目ですよ海賊とか、あ、山賊か、山賊も駄目です”

”俺は海賊を取り締まる側だった”

”そういう人が海賊になったら強そうじゃないですか”

”なるほど”

”納得しないでください。とにかく駄目です。惑星表面を崩壊させかねない北大陸のエルフは大大大っ嫌いですけど、殺し合いをして酷薄そうに笑っているシレンツィオさんなんて金輪際見たくもありません”

 この頃、この羽妖精は任務を放り出してシレンツィオの心配ばかりをしている。すっかりメロメロともいう。

”分かった”

”本当ですか?”

”面白いから放っておいたが、そもそも金策のつてはある”

 シレンツィオのいう金策とはアルバ本国に留学資金を送れというものであった。この書面は現代でも残されていて、予想以上に交際費に掛かったという理由が流麗な文字で書かれている。

 シレンツィオ・アガタといえばいかつい姿で描かれることが多く、同時代の人々も同様の感想を多く残しているが、見た目に反して文字だけは女性的で美しく、それゆえ本人のものではないのではないかと昔から言われている。もっとも、代わりに書けそうな人間がルースの幼年学校にはおらず、それらを勘案した結果、やはり本人が書いたであろうということになっている。

 シレンツィオは素早く文章をしたため手紙としたが、問題はこの手紙をどうやってアルバ本国へ送るかである。

 国際郵便制度どころか単なる郵便制度もなかった時代である。手紙を送るもっとも一般的な手段が使者に託すというものであった。

ところが何分、一人でやってきた故に、その使者のなり手がいないときている。

 シレンツィオは少し考えたあと、リアン国の留学生に頼んで、ついでに手紙を送ってもらうことにした。

 リアン国はここ、ルース王国の西隣に位置するエルフによる海洋商業国家である。大商人が国を牛耳るという点はアルバにより近い。秋津洲にもほぼ同様の商業都市があるので、彼らがアルバの真似をしたというよりも、海洋貿易が盛んな場所ではそういう政治形態が自然と発生するのであろう。

 それで、シレンツィオは手紙を持ってリアン国の生徒を探している。ルース王国の幼年学校はこの時代にはかなり開かれていて、他国の留学生も大勢いた。これはルース王国の歴史に理由がある。

 ルース王国は元々魔法を基軸にした大帝国だったのだが、王家がどんどん分家をだして独立させていったために、当時中程度の大きさの版図になっていた。リアン国の他、ニクニッス国もその一例である。平和的に縮小、衰退していったわけであるが、歴史的な王家同士の血の繋がりは今も健在で、故にゆるい家族意識というか連帯をもっており、その関係で留学生を多く受け入れていた訳である。

 さらに分家国家の推薦でさらに遠くの国や異種族の受け入れもやっていた。この頃、ルース王国は北大陸におけるエルフ文化の中心地であったといってよい。

 シレンツィオはそんな雰囲気の中で学校を歩いている。

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