第26話 羽妖精より無謀な

 長いような数分。シレンツィオは谷を滑空しきって地上に降りた。その間羽妖精が悲鳴をあげ続けている。

 降りたときには羽妖精は肩で息をしており、顔色は明らかに悪かった。

”飛ぶのは羽妖精の生まれついての特技のはずなんですがなんでこんなに動悸しているんでしょう”

”牛酪が楽しみなんだろう”

”ち・が・い・ま・す”

”そうか”

”羽妖精より無謀な人をはじめて見ました”

”そうか”

”褒めてませんからね。シレンツィオさん。怪我とかしたら間抜けも極まりますよ。天下一ぼんくら元船乗りシレンツィオですよ”

”悪くない響きだ。墓碑はそれにしよう”

”そういうのが捨て鉢というんです。私は怒ってますからね”

 ぷんぷんと言いながら羽妖精はシレンツィオの頬をぺたぺたと触ったあと、心配だったのか魔力を乗せた声で喋りだした。

「命を大事にしてください。でないと私の裸も楽しめませんよ? いっておきますけどこれは強力な呪いですからね」

”何が呪いかはさておき、凧はよく使うぞ”

 ニアアルバでは連絡や偵察に凧をよく使う。そもそも帆装艦という船の構造そのものが、巨大な凧のようなものである。帆装艦は帆で船を持ち上げ、別の帆で推進能力を得ているのである。このため複数帆柱(ルビ:マスト)の船が出現しだすと、あっという間に高性能化した。浮くのと推進力を切り離して制御できるようになったからである。これらに加えて向きを変えるのにも帆を使うようになり、アルバ国の隆盛の原因となった。

”だったら相談してください!”

 シレンツィオは何も言わず凧を分解して片付けると歩き出した。羽妖精は怒りながらついてきた。

”なんで急に耳が遠くなるんですか。相談! 相談! 社会人の基本!”

”羽妖精は社会人なのか”

”違いますがなにか”

”そうだな”

”もー!! いけず、いけずですよシレンツィオさん”

”思い出したら相談する”

”そう言って相談しない未来がすごい凄い見えます”

”大丈夫だ。お前の裸を鑑賞するまで命を大事にする”

 羽妖精は突然高度を落とした。恥ずかしくなって羽ばたくのを忘れたという。シレンツィオは慌てて地面に落ちる前の羽妖精を拾った。

”冗談だ”

 羽妖精は顔を両手で隠しながら口を開いた。

”じょ、冗談じゃなくてもいいんですけど、あのですね。一度見たくらいで満足などなさらぬように……?”

 シレンツィオはふと笑った。

”あー、笑った!!”

”何がだ”

”今笑いましたよね”

”俺をなんだと思っている。俺は朗らかでよく笑う男だ”

”ニアアルバからこのかたずっと一緒に行動してますけど、今初めて見ました”

”そうか”

”あの幼女にはさっきの笑顔をみせないようにしてください”

”意味は?”

”独占したいです”

”面倒くさい女だと思わないか”

”思いますけど! シレンツィオさんの笑顔はレアリティSSRなので”

”よく分からんが、お前といると退屈はせんな。船乗りは羽妖精ともっと仲良くしていい”

”絶対絶対私のこと大好きですよね。シレンツィオさん”


 

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