第23話 図書室への道

 問題は自分の身分で書物を扱う部屋に入れるかどうかである。

”いけ好かないですが、あのエルフ幼女に頼むのはどうですか”

”俺は人を助ける時、見返りを求めない。そう取られることもしない”

”面倒くさい人ですねえ”

”そうかもな”

”好きです”

”そういう話だったか”

”塩対応すら好ましくなってきたら問題だと思うんです。どうにかしてください”

 羽妖精が襟から出てきて周囲を見た。見られぬようにすぐに引っ込む。

”どうした”

”いえー。エルフ幼女に聞こえていたら嫌だなって思って”

”悪い話は何もしていない”

”シレンツィオさんは女心がわかってないんです。そんな言葉聞いたら絶対好きになりますよ”

”女心が分かったら人生はさぞ面白くなかろう。まあさておき、牛酪の謎を解くぞ”

”目的変わってませんか。いいですけど。エルフを血祭りにあげていくより、妙なことにこだわったり、私のために料理したりするシレンツィオさんが好きです”

 シレンツィオは黙って歩いた。取り敢えずは所の集まる場所探しである。碑文の間まではいかないまでも書物を集めた倉庫がないかと探し始めたのだった。

 探し始まめるとすぐに見つかった。図書室、という名前で図書が集められているのである。ただ書物は貴重なので普段は施錠されており、立ち入りは教師とその手伝いをする生徒だけであった。

”教師と仲良くせねばならんな”

”シレンツィオさん、弱ってたあの幼女はさておきですね、エルフと友誼を結ぶというのは一〇〇年単位の行為ですよ。まあこっちだと半分くらいかもしれませんけど、それにしても五〇年です”

”俺は死んでるな”

”私も一〇回位死んでます”

 忍び込むか、と考えたが、酪農の歴史を調べるために図書室に忍び込むというのはなんとも間抜けに思えた。

”やはり幼女を使うしか”

”いやまて、俺に好意をもってそうな教師に覚えがある”

 それで向かったのが校長室である。自分を抱きとめてよしよししていたエムアティならばとシレンツィオは考えたのである。

 ところが校長室には主不在で、シレンツィオはまたも空振りすることになった。

 人気のない長い通路の先、校長室前でシレンツィオがいつもの表情で立っていると、羽妖精が、襟から出てきてあたりを見回すと、周囲を飛び始めた。

”幼女、幼女”

”お前、嫌ってなかったか”

 シレンツィオの目の前に空中静止し、羽妖精は歌うように喋りだした。

”はい。ですので、シレンツィオさんが幼女を道具みたいに使ってるところ見たら、きっとスッキリするだろうなあと”

”悪い趣味だ”

”そう思うのであればそれ以外の方法でないといけませんね。ちなみに図書室の隙間から入って鍵をあけてくるとかは私も出来ますが、幼女にさせないのなら私もしません。自分で頑張ってくださいね?”

”もとよりお前に手伝えとは言ってないだろう”

”もう少し補足説明ほしいなあ。幼女にしたような説明がいいなあ”

”誘導か?”

”要望です。なんか幼女だけ特別扱いは禁止です。反対です”

”俺は人を助ける時、見返りを求めない。そう取られることもしない”

”そこは羽妖精と言ってください”

”俺はお前を助ける時、見返りを求めない。そう取られることもしない”

”んー、んっ”

 羽妖精は飛びながら身悶えして照れた。

”種族名でなくて私をさすあたりは合格としておきましょう。絶対私のこと大好きですよね。シレンツィオさん”

”助けた時に見返りは求めないと言っただろう”

”なるほど、そっちかー。下心なしの相手をどうすれば攻略できるんだろう”

 シレンツィオがなんのことだと思っていると、廊下の角からテティスと、もうひとり同年代の子供が出てきた。耳の先まで赤いが、目つきは若干不機嫌そう。

「どうした?」

「おじさま。羽妖精には、はっきり言うべきです。お前とは遊びだと」

”何言ってるんですかこの性悪幼女!”

”性悪なのはそちらです! わたくしがいるのを承知の上で、わたくしの気持ちに水をさすようなことをおじさまに言わせたでしょう!”

”聞き耳たてるのがいけないんですぅ。残念でしたー”

”あなたもでしょ”

”そうですけど、それだったら付き合いの長い私の勝利です。ブィブィ”

「おじさま、この性悪羽妖精を今すぐ佃煮にすべきです」

”ついに正体を表しましたね。邪悪なエルフ!”

 シレンツィオは表情を変えずにテティスと羽妖精を捕まえて肩の上に乗せた。

「授業に遅れるぞ」

 シレンツィオが思ったのはあと二三人抱えて賑やかに歩きたい、であった。男の子がいるとなおよい。

 それで、また肩に乗せてない一人を見た。服装からして幼年学校の生徒ではなさそうである。もっともシレンツィオとて服装は特別であり、特殊な事情の生徒かもしれなかった。

「君はなんだ」

「おじさま、この子は私の従者でガットと言います。見ての通りの獣人です」

「西方三獣国か」

”おじさま、東方三国ですよ?”

”アルバから見たらその三国は西にあるんです”

 シレンツィオがにゃーおと言うと、ガットは毛に覆われた耳の先まで震えるほどびっくりした。

 にゃーお、にゃー

 にゃあにゃあ

「おじさま、なんだか可愛すぎます」

”そういう姿は私にだけ見せるべきです”

「羽妖精は無視すべきです。それはさておき、使えるのですか、獣の言葉が」

「アトテ語という、れっきとした古代語からの派生語だ。文法は俺が使うアルバ語と同じだがKJの音が発音されない」

”なにげに多芸ですよね、シレンツィオさん”

”船乗りは色んな国に行くからな。まあ、言葉が使えないと不便を被る”

 シレンツィオはガットに、俺の背に乗らないかと言う意味で、にゃーと言った。ガットは一瞬瞳を細くしたが、尻尾を振りながら悲しそうに断った。が、シレンツィオは軽く片手で持つと背中に捕まらせた。

”俺は子供が好きなのかもしれんな。接する機会がなかっただけで”

”私は”

”わたくしは”

””子供じゃありません!””

 シレンツィオは彼にしては珍しく、少しだけ口の端を持ち上げると教室へ向かった。上機嫌であった。船を降りてから一番上機嫌だったといってよい。

「にゃーは子供です」

「そうか」

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