第21話 クレスペッレ

 それで仲直りの証に食事を作ることにした。調理はまたも校庭である。深夜なので見つからないだろうという判断である。シレンツィオさんより甘いのがいいのですと羽妖精が言うので、シレンツィオは花茶を入れつつ、キクイモでクレスペッレを作った。

 キクイモを細かく刻み、乾酪チーズと塩をわずか、小麦粉を少し、のばすために葡萄酒を入れ、棒で突きながらよく混ぜて熱した鉄板に植物油を置いて薄く焼き上げる。これをクレスペッレという。上に砂糖を積んで折りたたみ、ナズナの若芽をちらした。

”食うか”

”わーい”

 羽妖精は小さく切り分けてたものを抱えて大きく食べると、口の中で砂糖の音をさせた。

”ジャリジャリですね。あまーい”

”俺は乾酪とハムを合わせて食うか”

 しばし会話なく、二人が食べる音だけがした。

”シレンツィオさんは甘いものも得意なんですねえ”

”そうでもないが、お前が食うなら得意になりそうだな”

”今のは口説きですからね。絶対”

”違うと言ってるだろう。だがまあ、マルメラータを作るべきだな”

”マルメラータってなんですか”

”果物を砂糖で煮て泥のようにしたものでな”

”古代語ではジャムというんですよ。わーい。ジャム大好きです”

”そうか”

 それで満足して、釣床で寝た。羽妖精はシレンツィオの顔に抱きついて寝ている。



(6)


 翌日になると、羽妖精はシレンツィオの周りを上機嫌に飛んでいる。

”今思ったんですけど、名前を尋ねてくださいと言うべきだったなあって。惜しいことをしました”

”そうか”

”そうです。まあでも、今でも十分な気もしてきました”

”欲深いほうが長生きすると言うぞ”

”憎まれっ子世にはばかるってやつですね”

”違う気もするがまあいいか”

 朝食は食堂で済ませることにした。毎食作るのもめんどうだったからであるが、あまり美味そうなものもなく、黒麦のクッキーとお茶だけにした。茶は自前というか、乾燥香草を用いた香草茶である。

 クッキーは植物油でまとめられており、ほのかに甘い樹液の味がした。ほろほろと砕けるのは良いのだが、味に深みがない。

”よく言えば素朴な味ですね。しかし、なんでこう、ここの人たちは頑なにバターを使わないんでしょうか。絶対使ったほうが美味しいと思うんですけど”

”牛酪か。価格が高いのかもしれんな。それにまあ、陸軍と言えば粗食なものだ。これが普通でも驚くに当たらない”

”うへえ、最悪です、最悪ですよシレンツィオさん。こんな国捨てて私と旅にでましょう。イントラシアに行きましょうとか言いませんから、もっと甘いものがあるところにですね”

”それも悪くはないが、もう少し見て回りたくはある”

”じゃあ、甘い物作ってくださいね”

”分かった”

 シレンツィオは黒麦のクッキーをいくつかくすねた。

”これは私へのおやつですか?”

”もっと甘いものがいいんだろう?”

”それはもう”

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