第19話 私的制裁
シレンツィオはマクアディを抱えたまま、高い壁の場所についた。学校の敷地の外れだった。振り返る。銀髪のエルフが髪を乱して怒っている。
『相変わらず汚いヤツだ。人質を取りやがって』
『相変わらずというからには過去にも例があったのか』
シレンツィオが表情を変えずに問うと、銀髪のエルフは怒り狂った。
『お前は正面から戦わない! いつもだ!』
『戦争はそういうもんだろう』
『黙れ』
『ところでお得意の魔法は使わんのか』
『焼き殺したんじゃ面白くねえだろうが!!』
『そうか』
シレンツィオの淡々とした返事を合図に六人が同時に切りかかってくる。シレンツィオは無造作に投擲用の短剣を懐から取り出して投げた。三本投げて三本刺さる。腕で頭を守った刺客の一人が転がりながら叫んだ。
「腕が燃える!」
『人間とやり合った時散々味わったろう。久しぶりの鉄はどうだ』
”エルフだけでなくて羽妖精というか妖精全部、鉄に弱いんですけど”
”気をつけよう”
何を気をつけるのかシレンツィオはさらに二人を倒している。エルフが魔法を使う間もなく顔を殴り飛ばし、顔面を掴んで持ち上げて力を込めた。みしみしという音とともに掴んだエルフの頭蓋から液体を漏れさせている。人間とエルフの肉体能力の差が如実に出る展開だった。
次の瞬間やられる味方の影から銀髪のエルフが目にも映らぬ斬撃を加えた。構えも何もないところからの斬り上げだった。視界の外からの攻撃で大抵の相手はこれで手傷を負うのだった。その攻撃をシレンツィオは剣を見ずに手首を掴んで止めると片腕でエルフの腕を握りつぶして金的を蹴り上げた。指を二本無造作に持ち上げて目に突き入れようとする。
「やめてよ!」
マクアディの声にシレンツィオは反応し、指を何度か屈伸させた後、収めた。
『また命拾いしたな』
『お前の頭蓋骨を煮込んでスープの出汁にしてやる』
シレンツィオは鼻で笑った。羽妖精もマクアディも見たことがない、酷薄な笑顔だった。
『できるならな』
銀髪のエルフの剣を持つ手の指を不自然な方向に折り曲げて、シレンツィオは笑顔で離れた。マクアディには見えない角度での攻撃である。痛みにうずくまる銀髪のエルフをよそに、シレンツィオはマクアディを見る。その評定はいつもの眠そうな顔だった。
「迷子かなにかと思ったようだ」
「ほ、ほんとに? どう見ても殺すとかそういう雰囲気じゃなかった?」
「ソンフランは殺しをしたことがあるのか」
シレンツィオが尋ねると、マクアディは首を左右に振った、泣きそうな顔だった。
シレンツィオは片膝をついて彼にしては優しい表情を作った。
「じゃあ、覚えておけ、殺し損なうと恨みが残る。残った恨みはいつまでも追いかけてくる。だから確実に殺せ。これは海でも陸でも変わらん。種族の違いすらない、ただ一つの正しい教えだ」
「怖いよ」
「怖くない。死んだやつは怖くない。雰囲気ではなく結果を見ろ、ソンフラン。俺は殺してない。殺してないんだから殺し合いではない」
”腕潰して指折ってますけど”
”どうせ連中は回復魔法で直す。人間とは違う”
”やっぱりシレンツィオさんは私の見込んだ通りのエルフを殺し回る人ですね。でも、なんだか嫌です”
”嫌か”
”嫌です。……エルフは嫌いですけど。シレンツィオさんはのんびり料理している方が好きです”
”そうか”
シレンツィオはマクアディを見て優しい声で言った。
「ソンフラン。軍というところは”こういう”ところだ。嫌ならやめておけ、平時の軍隊なら大丈夫とかは思うな」
マクアディ・ソンフランの後世を思えば、この助言は大変に役立ったと言わざるをえない。シレンツィオは短剣を回収すると、人間の言葉で「次はお前たちの幼い主を殺す、その腸をお前たちの首にかけ、俺ではなく雇い主に家族ごと殺されるようにしてやる」といつもの表情で語った。
”シレンツィオさん……”
”実際にやらないためのまじないのようなものだ。結構効果がある”
”シレンツィオさん資料よりずっと殺伐としてませんか”
”どんな資料だ”
”あ……”
それで羽妖精は、また黙り込んでしまった。
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