第18話 キクイモ

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 それからテティスは背筋が伸びて、どこか堂々とするようになった。歩く姿も可愛らしいと凛々しいが混じった感じになり、物憂げなところは見られなくなった。僅かな変化だが、それでも周囲の注目を集めるようになった。

 シレンツィオはその姿を遠目に見て片眉をあげると、いい話だと思うことにした。なにか問題があれば、抱えて遠い国に行けば良い。そのために貴族の地位をふいにするのも面白いと考えた。


 午後の授業を終えて部屋に戻る。以前聞いた話では二人部屋が基本でこの部屋にも同室のものがいるはずだが、姿はない。この国では珍しい人間だから一緒の寝起きを嫌がられたかなと思ったが、それ以上は考えなかった。興味がなかったのである。

”食事がいるな。なにか食べたいものはあるか”

 頭の中でそう念じるも、返事はない。シレンツィオは特に表情を変えることもなく、部屋を出て、学校の敷地を散策し始めた。

 何をするかと言えば、食材探しである。アルバから持ってきた食料にも、あるいはここに至るまで買い集めた食材にも限りがある。休みの日には一度麓まで行って食料を購入せねばなるまいが、それ以外にも食べることができそうな野草や香草は是非集めておきたい。エルフの食堂に出てくる料理に期待はしないシレンツィオだった。陸軍の食事は粗食の上まずいと、海軍籍の人間はだいたい宗教のように信じているが、これはシレンツィオも同じだった。

 うまいエルフ料理というものも体験したいものだ。シレンツィオはそんなことを考えながら敷地内の林に入った。普段訓練に使われているだけのこの林は、シレンツィオの目から見れば食材庫のようなものであった。

 問題はアルバと違って植物が見慣れないものが多く、それらが食用かどうか判断できないことである。このためシレンツィオは植物を集めて、後で詳しい者に尋ねるか、標本と照らし合わせようと考えていた。

 なおこの時代に図鑑はなく、植物の本の記載は文字情報だけだったから、同定するのはひどく難儀した。シレンツィオが本に頼ろうとしなかったのはこの時代の当然ではあった。

「何してるの?」

 林をうろうろするところを見つけて寄ってきたのは、外で遊んでいたマクアディ・ソンフランである。

「野草を探そうと思ってな」

「薬を作るの?」

「いや、うまい草もたまにはある」

「今度うちの畑で採れたものをあげるよ」

 マクアディはそう言って、笑顔を見せた。

「畑のものもいいんだがな」

 シレンツィオは林と運動場の境目くらいの場所に目をつけた。

「あった」

「枯れてるよ。ほんとに食べるの?」

「いや、狙いは下の方だ」

 シレンツィオは外套の中から穴を掘るための短剣を取り出した。アルバではまだ円匙が普及しておらず、代わりに穴掘り用の短剣という妙なものがあった。断面が樋のような形をしており、少しの土であれば掘り進められる。

「これだ」

 シレンツィオが掘り出したのは太い根であった。

「キクイモと言ってな。意外にうまい」

「ふうん。凄い取れるんだね」

「いや、これはちょっと異常だな」

「あ、これは?」

「これは俺の故郷にないものだが食えるのか」

「食べれるよ。母さんが畑の横のあぜ道で、よく集めてた。ナズナっていうんだ」

「食い方は分かるか」

「うん。花、茎、葉、あと根っこが食べられるよ」

「そりゃ随分有用な植物だな。種以外は食べられるのか」

「腹にたまらないけどね」

 そうかと返事したところで、再度テレパスでの割り込みが入った。

”シレンツィオさん、囲まれようとしています”

”機嫌は治ったか”

”機嫌の問題ではありません。でも、緊急事態ですから”

 シレンツィオはそうかとうなずくと、マクアディを担いで林の奥へ向かった。どうしても逃げられず、多対一で戦う基本は見通しが悪く、足場も悪いところへ向かうのが基本である。シレンツィオは基本を守った。

”多分敵です、数七”

 羽妖精が冷静に情報を送ってくる。

”エルフか”

”多分”

”少ないな”

”七人は十分に多いと思います”

『悪鬼ぃぃ。よくも俺に屈辱を重ねたなあ。勝負をつけようじゃねえかぁ!』

”あの声、前にハムをコゲコゲにした人ですよね”

”そうだな。名前は忘れたが、昔ニクニッス海軍で士官をしていた”

”恨まれてますね”

”感謝されていいはずなんだが”

”一応伺ってますけど、何をしたんですか”

”別に、普通に戦争をして情報を取るために生かしただけだ。多少拷問はしたが”

”うん、自業自得ですね。って、それでなんでエルフの国に来たんですか!”

”俺はエルフを殺してたんじゃない。敵を殺してただけだ。別にエルフ嫌いなわけでも恨みがあるわけでもない”

”襲ってきてる敵はそうでもないと思いますよ”

”心の狭い奴らだ”

”道理でこの辺だけ土地の魔力が多いわけです”

”前に、自然破壊とかでこの地は魔力がないとか言ってなかったか”

”はい。でも魔法が使える生き物の血の中にも魔力はあるので……”

”死体が埋まっている、か”

”ここは演習地みたいなんで、誰かの鼻血とかだとおもいますけど。まー、今みたいな状況でも使ってるんでしょうね。だれかの闇討ちとか私的制裁とかに”

”なるほど”

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