第14話 東屋の魔法陣
新学期が始まるまでは日中も暇であった。シレンツィオは学校の中を物珍しそうに歩きまわっている。休み中のせいか生徒はまばらで、縄を気にしていたマクアディやおじさま呼びのテティスが例外的な存在であることがわかった。
中庭には池があり、東屋があった。普段は大量の学生が可愛らしい男女交際をする場所なのだが、今の時期は寒いこともありまったくの無人である。それゆえ、襟から羽妖精が飛び出してきた。好き勝手に飛び回り、地面を指さしながら空中静止した。
”悪趣味ですね。そう思いません? シレンツィオさん”
”そうなのか”
”そうです。見てください、この模様。魔法陣ですよ”
シレンツィオは東屋に書かれている模様を見た。言われてみれば、リアン国に行くときに用いた転移陣に見えなくもない。溝を切って作られている。
”これは例の転移をするやつか”
”そうですが、座標指定もないし、接続先の空間もデタラメですね。これに魔力を込めた日には何が起きてもおかしくありません。座標が直交した結果核融合がおきて、国ごとなくなる大破壊が起きてもおかしくもなんともありませんよ”
”大破壊とは物騒な話だが、ここは子供も利用するところだ。地上の流儀は分からんが、そういう危ないものは普通置かないのではないか”
”だから悪趣味なんですと言いたいところですけど、言われてみればそうですね。うーん。どうなってるんだろう”
羽妖精がああでもないこうでもないと飛び回る間、シレンツィオが東屋の長椅子に腰掛けていると、向こうから薄い本を持った少女が現れるのが見えた。テティスやマクアディよりもだいぶ年長で、人間で言えば一三、四はいっているであろう。羽妖精は慌ててシレンツィオの襟の中に隠れた。
そのまま歩き、目を大きく開いた後、回れ右して歩き去る少女。シレンツィオは席を立つと恭しく声をかけた。
「利用するつもりだったのであれば問題ない。使ってくれ。席は温めてある」
襟が暴れたが、シレンツィオは表情を崩さなかった。
ちなみに少女はどうかというと、全力で逃げた。
”さすがにあの舞台役者みたいな挨拶はどうかと思いますよ。シレンツィオさん”
”アルバでは普通なんだが”
”ありていに言っておじさんがやってると、きめえ です”
”そうか”
それでシレンツィオは少女を追いかけてる。
”浮気者ぉ!”
”男は港ごとに花嫁を持っていい。それはそれとしてこれは違うぞ”
少女は走る速度でシレンツィオにまったく勝てていない。すぐに追いつかれて尻もちをついて、後ずさって涙目になって薄い本で顔を隠した。
「失礼お嬢さん。怖がらせたらすまない」
そう言ったシレンツィオの襟が激しくカンフーしている。
「一つだけ聞いて欲しい。あそこの東屋には不完全で危ない魔法陣がある。座って読書するだけならいいかも知れないが、気をつけてくれ」
少女は長い耳を上下に揺らして返事をした。頷いたらしい。肝心の顔は薄い本に隠れて分からない。
「感謝する。起き上がる手伝いをしても?」
少女は長い耳を左右に揺らした。拒絶というか首を横に振ったようだった。
「そうか。繰り返すが、怯えさせてすまない」
シレンツィオは帽子を取って頭を下げると背を向けて歩いた。
”なーんか。私の時と対応違いません?”
襟というか羽妖精がカンフーを続けながら喋りだした。
”そんなことはない”
”ほんとかなー”
”本当だ”
そう言って自室に戻ると先客がいた。正確にはシレンツィオの自室の扉を叩き、蹴りながら銀髪のエルフが文句をがなりたてていた。
『食事はもう終わってるだろうが!! 出てこい悪鬼!!』
”食事中は待っててくれたみたいですねえ。シレンツィオさん”
”少々荒っぽいがな”
”そうですねえ”
羽妖精がテレパスであっと言うのと、扉の蝶番が外れて銀髪のエルフがつんのめるのは同時であった。そのまま室内に転げ入り、中に仕掛けてあった多数の縄の罠に引っかかっている。釣り上げられ首を絞められひっくり返されという惨状である。
銀髪のエルフは気を失っていた。
”えーと。どうします? シレンツィオさん”
”捨ててくる”
”燃えないゴミの場所分かります?”
シレンツィオは頷くと銀髪のエルフを担いでゴミ捨て場に投げ入れている。燃えるゴミ扱いであったら火葬されていたはずであるから、少しの優しさはあったと言うべきであろう。
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