第13話 りんごのレモンあえ
それで、夜更けになり、さらには朝になった。
脱いでいたハンカチを胸に当てつつ、羽妖精は大あくびをした。
”朝になりましたねえ、シレンツィオさん”
”太陽に合わせて動くというのは変な気もするが、そうだな”
”船乗りは違うんですか?”
”船乗りは船の都合で動くものだ。具体的には機械式時計と当直表で動く”
”あんまり自然派ではないですね”
”風まかせではあるんだがな”
食材を持って寮の厨房に行き、りんごの檸檬漬けを作る。りんごを切って器に入れ、輪切りの檸檬を入れ、最後に一匙砂糖を入れる料理である。檸檬はサランダの市場で調達したものであった。りんごも檸檬も航海に耐えられるものでそれなり以上に日持ちする。りんごについて言えばこのルース王国でも冬の間中食べられる貴重な果物になっていた。
”シレンツィオさん。この料理は火を使わないんですか”
”使わんな。りんごは切った後すぐにも変色をはじめるが、檸檬と一緒だと何故かそれを抑えられる。まあ、海水というか塩水でもいいのだが”
”塩よりは檸檬の方がいいです。これは私のためにですか?”
”連続でりんごなのは許せ。冬は野菜が少なくてな。食えそうな野草を調べて集めるべきかもしれん”
”嬉しいです”
そういった後、羽妖精は襟から身を出してシレンツィオの顔を眺めた。
”シレンツィオさん、絶対私のこと大好きですよね。誰にも言わないので言ってください”
”これぐらいで好意と受け取るな。一体何人の男と結婚するつもりだ?”
”一人ですけど? そもそもそんなに寿命ないと思いますよ。私”
”ならばなおのこと簡単に相手を判断するな”
シレンツィオも朝食は同じくりんごの檸檬漬けである。これは薪を勝手に使うのも気が引けるためであった。ニアアルバの常識では薪は貴重品であった。ルース王国でも似たりよったりではなかろうかと思ったのである。
朝早いせいか、誰も厨房にはおらず、シレンツィオはエルフに対して呆れている。
”どこの料理人も暗いうちから仕事をするものだと思っていたが”
”新学期までは料理人も休みなんですよ、きっと”
”そういうときこそ新人を鍛えないでどうする。”
料理用のナイフを器用に回しながらシレンツィオは言った。もっとも、この地の食材の価格の高さから考えれば、ここで新人を鍛えるのは難しいかもしれない。新人は麓で修行をしているのかもしれない。
できた料理を持って食堂に行き、一人と一妖精は並んで食べ始めた。この食堂、ひたすら長い机が並ぶ方式である。
”昨日と違ってりんごがしゃきしゃきしてまふね。少しの酸味がいい感じです”
”加熱がなくて甘みが足りない分は砂糖で補っている”
”ふむふむ。高級な砂糖まで使うとはシレンツィオさんの愛情だと思っておきます”
一人と一妖精が並んでうまーとしていると、徹夜でもしたか目の下にクマを作った銀髪のエルフが食堂に入ってきた。一人と一妖精は並んでその顔を眺めた。
”大変ですよシレンツィオさん! あの人確か”
”もう食わんのか”
”あ、食べます”
一人と一妖精でしゃくしゃくしていると、銀髪のエルフは屈辱に顔を歪めた。
『昨日の言葉を忘れたか、ええ?? 劣等人は記憶力まで劣等なのか』
『喧嘩を引き受けたとは言っていない。売買不成立だ』
”シレンツィオさん、あのエルフには塩対応ですよね。結婚申し込みとかされたんですか?”
”お前に対する対応とあれを一緒にするな”
”まあ、そうですよね。私は砂糖とかもらってるし。砂糖かぁ。羽妖精に砂糖なんて
”俺はそう思わん”
”ですよね。私、シレンツィオさんのそういうところが好きです。恩を押し付けないところも好きです。それと……”
『だんまりか!!』
”うるさいなあ。対応してあげたらどうですか? シレンツィオさん”
”分かった”
シレンツィオは顔をあげて銀髪のエルフを見た
『食事中だ。黙れ』
『馬鹿にするのもいい加減にしろ……目の玉引き抜いて焼くぞ』
『食堂は食事をするところだと言っている』
「必ず殺す」
エルフ語で言って銀髪のエルフは去っていった。シレンツィオは無視した。その横顔を羽妖精が見上げている。
”いいんですか?”
それはあんなに怒らせていいんですかという意味であったが、シレンツィオはそう取ってない。
”エルフの佃煮は食わんのだろう? だったら殺すまでもない”
とはいえ、あの怒りようである。ただで済むはずもない。シレンツィオは相手をバカにはするがバカではなかった。
”今日明日夜襲が来るだろう。避難していていいぞ”
”いやです。私を守ってくださいね。シレンツィオさん”
”そちらは心配しないでもいいが、血が出るのは好きではないように見えた”
”私は気にしない派閥ですけど”
”そうか”
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