第11話 マクアディ・ソンフラン
シレンツィオはどういう意味だろうと思ったが、すぐにドアを叩く音に意識を向けた。
”また偽幼女エルフですかねえ”
”さてな”
羽妖精を隠して扉を開ける。幼いエルフの少年が立っている。少年というよりももっと幼い気がする。しかし幼児というよりは大きい。利発そうな顔立ちだった。どこか心配そうな顔でシレンツィオを見上げている。結構寮に残る者がいるのだなとシレンツィオは思った後、それもそうかと思い直した。あの険しい道を思えば、規制のたびに何度も往復するのは危ないだろう。大人が抱えて歩くにせよ、強風が吹けば命があるかは微妙なところだ。
シレンツィオは片膝をついた。
「なにか、用だろうか」
「あの、縄がいっぱい来たんだけど」
「ああ。来たのか。ありがとう。注文をしていた」
少年は両手を広げた。
「でもいっぱいだよ」
「ああ。いっぱい頼んだ」
シレンツィオは立って縄を受け取りに行く。少年は心配そうに着いてきていた。歩幅を落としてシレンツィオはゆっくり歩いた。
「間違って注文したのなら、一緒に謝ろうか? きっと許してくれるよ」
「縄というのはどれだけあってもいいものだ」
「そうなの? でもいっぱいだよ」
いっぱいと言うたびに両手を広げる仕草が愛らしく、シレンツィオですら少しだけ頬を緩めた。
「大丈夫。そうだな。どう使うかを見るのもいいかもしれないな」
「うちの母さんは洗濯物を干すのに使ってるよ」
「悪くない使い方だ」
シレンツィオは二〇〇mの縄を寮の入り口で受け取った。四五mの縄が五組である。厳密には二〇〇mを超えている。四五mという数字なのは、エルフの度量衡が人間のそれと違うためだった。エルフ中心主義であるエルフは惑星の大きさから単位系を作ることをせずに自分の身体の部位の長さから長さの単位などを決めていた。四五cmはエルフの成人男性の肘から中指の先までのおおよその長さであった。
両肩に縄の一組づつを担いで三往復である。少年はそのいずれにも着いてきた。手伝おうとしたがとても持ちきれず、それでただ着いてきている。手伝いのつもりであろう。
親切な少年もいたものだ。シレンツィオはあるきながら少年をちらりと見た。
「俺はシレンツィオ・アガタだ」
「俺、マクアディ・ソンフラン」
「ソンフランと呼んだがいいか」
おぉ、と少年が驚いた表情をするのが謎だったが、シレンツィオは特に言及しなかった。少年は心持ち歩く速度をあげてシレンツィオの前に出た。
「ちゃんと家名を呼んでもらったの初めてかもしれない」
「このあたりでは名を呼ぶのが普通なのか」
「ううん、違う。俺、いつもソフランって言われちゃうんだ。ソンフランなのに」
「そうか。では俺はソンフランと呼ぼう」
「うんっ」
少年は嬉しそう。シレンツィオは自室に戻ると早速縄で寝具を編み始めた。釣床である。古代語ではハンモックという。
興味津々でマクアディ少年はシレンツィオの手仕事を眺めた。
「釣床には縄で編むものと布で作るものの二種類がある。俺は縄で作る方が好きだな」
「釣りに使うの?」
「いや、寝るのに使う」
シレンツィオは丈夫そうな柱を見極めて釣鉤を釘で打ち付けた。釣床を吊るして上に乗って見せる。
マクアディ少年の目が輝いた。
「すごい! 冒険みたいだ」
「確かに冒険にはよく使うな。変な虫やヤシガニにやられないようにするには地面から離れていたがいい」
「すごいすごい!!」
マクアディは大興奮である。
「とはいえ、問題がないわけじゃない。慣れない者が使うとすぐ腰を痛める。寝返りが打ちにくいからな」
「どうするの?」
「数時間おきに起きて寝直す」
えぇーという顔をマクアディはした。寝たら朝までぐっすりの少年には難しい話であった。
「まあ昼寝にはいいんじゃないか。そのうち一つ作ってやろう」
「いいの!?」
「友人になった記念だ」
マクアディの嬉しそうなこと、天に昇りそうな顔だった。彼が去った後、シレンツィオも上機嫌で釣床だの投げ縄だの、仕掛け縄などを作っている。
至近距離で羽妖精がその様を見ていた。
”じー”
シレンツィオは鼻歌を歌いそうな顔で作業をしている。
”じとー”
”それはどういう意味があるんだ”
”実は男でも良かったんですね”
”なんでも色恋に結びつけるな。それにな”
シレンツィオは表情を変えずに口を開いた。
”誰しも子供ではあったのだ。俺もな。子供の頃は水夫の一人の横に座って、手仕事を眺めていたもんだ”
”エルフを船乗りにして楽しいんですか”
”船乗りにはならんだろう。ここは陸軍の幼年学校で、さらにいうとルース王国で海に面するのは北の端だけと聞いたことがある”
”私と話すときもあんな感じがいいです。声が低くて優しい感じの”
”鎧結びをしているが、覚えるか?”
”いえ、結構です”
”だろうな”
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