第7話 ポルペッテ

”面白いとは思うが、なぜこんなところに学校を作ろうと思ったんだ”

”いざというときのためですよ。例えば王家が逃げ出すときの場所とか”

”なるほど”

”面白いと思っているならそろそろ名前を聞いてくれません? このままだと登場人物紹介で名前が伏せられそうなんですけど”

”俺は困らない”

”それで厭世家じゃないと言ってるあたり、病気だと思います。治療しましょう。今すぐ治療しましょう”

”自分の都合の良いことを相手への治療というあたり、人間も羽妖精もそうは変わらんな”

”それが実体験のことだとすれば、治療と言ってた人はシレンツィオさんを本気で心配してるんだと思いますよ”

”そういうものか”

”そうです! 妖精生は明るく楽しく元気よく!”

”俺は人間だが”

”人生も多分同じですってば”

”そうか。それはそれとして今まで告げてなかったんだが……”

”私からもいいですか? 一歩踏み間違えたら死ぬようなところで良くおしゃべりしてられますね? シレンツィオさん”

 下は奈落に続くような気すらする、深い谷である。下からの強い風に煽られるが、シレンツィオは気にした風でもない。

”マストの上に登るのを怖がる船乗りがいると思うな”

”下が海とは違いますよ”

”それが、不思議とマストから落ちた先は甲板と決まっててな。どんなに波があっても落ちるのは甲板だ。当然死ぬ”

”船乗りって職場的にどうなんですか。ヤバヤバに聞こえますけど”

”そこが大きな間違いだ。船乗りは職場じゃない。恋だ”

”シレンツィオさんは恋に破れたわけですね!!”

”そういうことになるな”

 しばらく沈黙が支配した。シレンツィオの襟がおそるおそる、揺れた。

”……怒りました?”

”いや。それで今まで黙っていたが、一つ伝えたいことがある、俺は自分のことを明るく楽しい人物だと思っている”

”えぇ……?”

 羽妖精が当惑する間に渡り終わった。渡り終わった先は広場のようになっており、野営ができるようになっていた。

 カバン一つに収まる荷物を下ろし、シレンツィオは夕食をどうしようかと考える。待っていれば提供されるだろうが、ここ数日の食事にシレンツィオは飽き飽きしていた。

 そんなシレンツィオの心の動きを無視して、襟が動いた。

”あのですね、シレンツィオさんが明るく楽しいとか、月を見て太陽というようなものですよ、それ”

”他人がどう言おうが知ったことではない”

”お・れ・さ・ま系、オレサマキングダムですよそれ!”

”それは羽妖精にとっては良くないものなのか”

”どうなんでしょうね。今どき流行らないと思いますけど。壁ドンとか顎をくいっとかですよ”

”流行は気にするな。よって問題はない”

”今日からオレサマ・シレンツィオさんと呼びますからね? フラッグブレイカーの上にこの称号がついたらイケてないことこの上なしですよ!? モテないですよ”

”羽妖精にモテる必要はない”

”人間にもモテない言うとんのじゃいボケー!! こちとら女性代表で駄目出ししとんのじゃ!”

 襟が激しくカンフーをしたが、シレンツィオは特に気にしていない。周囲から見ても異常な襟の動きのはずであったが、シレンツィオがあまりに無表情のために、誰も言葉を発せずにいた。シレンツィオが調理用のナイフを持っていたせいもあるだろう。むしろ常識のあるエルフは離れた。おそらく人間でも離れていたろうと思われる。

 シレンツィオは羽妖精を無視して料理を作り始めた。材料は道中で買い求めた塩漬け豚肉と、干した玉ねぎ、乾酪、乾きすぎて粉状になったアルバセリ、ハム、すっかり固くなったパンである。

 シレンツィオは塩漬け肉を料理用ナイフで叩いて細切れにし、玉ねぎとハムも同じくみじん切りにした。パンはヤスリがけして粉にしている。

 ハム、とは羽妖精が言うには古代語であり、腿を意味するという。実際に腿肉を使用して作られる。シレンツィオが用いたのは豚肉の塊を塩水に漬けてから燻製した、ベーコンと同じ調理法の保存食であった。ベーコは古代語で背中を意味し、その名の通り背中の肉を用いて作っていたから、違うのは製法というよりも肉の部位であった。

 このハム、塩漬け肉より日持ちしないが生肉よりは長持ちし、味も価格も塩漬け肉より悪くないのでアルバでは盛んに食べられている。

 これらを混ぜ合わせ、こねる、そしてこねる。粘り気が出たら団子にして今度は茹でるのである。美味そうな匂いにつられてエルフが食材を土産に寄ってきた。交換で分けてくれというわけである。シレンツィオはうなずいて食材を受け取ると、アルバセリを入れて味を整えた。料理の完成である。塩漬け肉から塩が出るため、追加で塩を入れるような事はしていない。

 アルバでは良く食べられるこの肉団子、ポルペッテという。シレンツィオは子供の頃から作りなれた味であった。家庭料理らしく味付けに関しては無数の種類があり、あるもので臨機応変に味をつけるのが本場風である。

”シレンツィオさん、私にもスープください”

”肉は食わんのか”

”それはちょっと……”

”そうか”

 シレンツィオはスプーンに入れたスープを襟に突っ込んだ。エルフの数名がぎょっとした顔をしたが、ポルペッテが美味かったので何も言われることはなかった。

”美食は暴力と同じ、相手を黙らせることができる”

”さすがオレサマフラッグブレイカー”

 心のなかで唱えるシレンツィオに、羽妖精が反応した。気にしてなさそうなシレンツィオの首筋にぺたぺたと手を触れた後、羽妖精はシレンツィオの耳元に顔を近づけた。

「でも細かいこと言わないのと、詮索とか一切しないのは嫌いじゃありませんよ。シレンツィオさん」

”そうか”

”私の声、ぞくぞくするって思いません? しますよね。魔力が乗ってるんで。ものすごくいやらしい気分になったでしょう。ということでぇ”

”寝るぞ。踏まれないようにしろ”

”おいこのスットコドッコイ。名前くらい尋ねろ、巻頭のキャラ紹介で名前出なかったら一生恨んでやる”

 シレンツィオは無視して、寝た。揺れない地面で寝るのは慣れんと思いながら、ぐぅぐぅ寝た。

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