第6話 パンと油と塩

 それで次に着いたのはヘキトゥ山である。文明の発展によって木材消費が激増し、あちこちで森林が消滅したこの時代でもなお、豊富な森を擁している。つまりはそれだけ峻厳で、木こりの手が入りにくい場所なのだった。

 休憩所を兼ねたふもとの村に泊まり、翌朝朝日にかかるヘキトゥ山を見る。これから二日で山を登るという。馬車で行けるのかと不思議になるほどの山容である。周囲にエルフがいないことを察知してか、羽妖精が顔を出した。険しい顔で山を見ている。

”あー、エルフってほんと駄目ですよね。シレンツィオさん、殺して回りましょうよ”

”前から言ってはいたが、なぜ今になって言う?”

”昔は、もっと緑豊かだったんです。この地域は森が全部だったんですよ。それを……森妖精のくせに森を破壊して。そんなんだから世界大ピンチなんです”

”麦畑と牧草地の牧歌的な風景だと思ったが、古代はそうでもなかったのか”

”そりゃあもう!! 昔は一面豊かな森で、ユニコーンやトロール、森巨人がいました”

 そうか、エルフとは羽妖精からすると妖精の一種で森の妖精の一種だったのかとシレンツィオは一人納得した。

”ところでエルフまで妖精となると人間も妖精なのか?”

”陸地に上がった海妖精の一部が人間を名乗ることはありますけど、普通は猿の一種を言いますね”

”なるほどな”

”ご自分が妖精かもしれないと思いました? 思いました?”

”いや、なんの興味もない”

”そこまで徹底して興味ないのはある意味すごい気がしますけど、呪いかなにかにかかってます?”

”あいにく生まれたときからだ”

”お母様の苦労が忍ばれます”

”手がかからないで良かったと敵をぶっ殺しながら言ってたな”

”蛮族じゃないですか”

 シレンツィオは表情を変えることもなく、村に戻っている。出てきた朝食は小麦と黒麦が混じったパンであった。付け合せは植物油に塩を混ぜたもので、麦酢の香りがほのかにした。

”味気ない食事ですね”

”長距離航海の後の方は、これより悲惨だぞ。ウジ虫が巣食うビスケットに塩気がありすぎて死にたくなる、なんの肉か分からないものを煮たやつだ。おまけに船内は玉ねぎが腐った臭いがする”

”細かく述べないで大丈夫です。でも……魚食べればいいのに人間は何してるんです?”

”外洋に調子よく魚がいると思うな”

”そんなものですか。人間も大したことありませんね”

”人間が大したものだったことはおそらく過去一度もない。古代帝国の時代ですらな。人間が偉大である、そう見せたい連中は山程いるが、いつもバカが真実を見せつける”

”商人の言い伝えですか”

”いや、実体験だ”

”ははぁ、シレンツィオさんは厭世家なんですね。つまり、人間にも人間の国にも希望が持てないんだ。だから全部に塩対応なんだ”

”そんなことはない。人間が大したことはないというのは事実として、それと希望にはなんの関係もない”

”実体験ですか?”

”射精した男はだいたいその境地に至る”

”セクハラですよ! セクハラ! いたいけな羽妖精になんて事言うんですか! 変態ですよ逮捕しますよ”

”セクハラが何かは知らないが、口にしてないなら言ったことにはならない”

”屁理屈か!”

”理屈ではある”

 ちなみに馬車で行けたのは四合目までであり、そこからは徒歩であった。千尋の谷に木の杭を打ち付けた自称道を歩かされる。これにはシレンツィオも、少し呆れた。

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