第5話 クッキー

 そうこうするうちに、駅馬車は最初の駅に着いた。

 着いた場所はルース王国西部、ヘドンという交通の要衝である。リアン国から見てもっとも近い街とも言える。ここには主要街道が六本も接続しており、リアン国とルース王国の交易品が常に行き交う状況だった。

”ううう”

”ところで羽妖精は飯を食うのか”

”食べるに決まってるじゃないですか。甘い物がいいですどうぞ”

”エルフの甘い物とはなんだろうな”

 シレンツィオはエルフ以外でも入れそうな飲食店を探したが、丸い耳さえ隠れていれば、特に問題なく利用できるようであった。シレンツィオは頭を下げてこの付近で評判の甘味処の店はどこだろうかと尋ね歩いている。

”え。シレンツィオさん甘いの好きなんですか?”

”酒ほどじゃないが”

”その酒と私を交換してましたよね。じゃあ私の名前を聞いてみてください”

”あの店に行くぞ”

”おいそこのスットコドッコイ、私の話を聞け”

「すまない。甘いものを二人分だ。おすすめでくれ」

 この注文はエルフ風ではなかったらしく、店内は笑顔に包まれた。シレンツィオはどうかといえば、特に気にするようでもない。いつもどおりである。

 出されたのは大皿に盛られたクッキーであった。くるみや砂糖漬けの果物が散りばめられたものである。二つ取って一つを襟に入れて、もう一枚を食べてみた。

 固すぎずほろりと崩れるのは悪くはない。小麦の香ばしい匂いも良い。しかし牛酪が足りてない。

”うーん、イマイチ。シレンツィオさん、バター足りてませんよこれ”

”バターとはおそらく牛酪のことだろう。俺もそう思う”

”エルフは菜食主義なんですかねえ?”

”肉料理もあるらしい”

”注文はいりませんよ、羽妖精はそういうの食べませんからね!? 肉食羽妖精とかホラーですよ、ホラー”

”俺は気にせんが。ところで魚はどうだ”

”大好物ですがなにか”

”そうか”

 シレンツィオは水でクッキーを押し流し、店を出た。羽妖精は一枚あれば十分ですよというので大部分をシレンツィオが食べたことになる。残してポケットに入れても良かったのだろうが、あまりうまくもないので全部を食べた。腹いっぱいになってしまった。

”感想をどうぞ”

”評判の店でこれなら今後が心配だ”

”私達、食の趣味は一致してますよね? 相性バッチリだと思うんです”

”どうかな”

 それで再び駅馬車に乗る。ヘドンの東はなだらかな荒れ地が延々と続くが、北の方になると常に雨が降ると言われるほどの年間降水量の多い森があって、さらにその東にはヘキトゥ山という山があった。こちらは夏にも冠雪しているような高い山である。雨雲はヘキトゥ山に遮られて森に雨を降らせている、という形であった。

 駅馬車は、このヘキトゥ山に向かっている。なんでもそこに小規模な街があって、そこに士官学校を兼ねた要塞があるという。エルフの士官とは全員が貴族であるから、貴族教育を受けられるという話であった。

”こっちに来る時に使った魔法を使えばいいだろうに”

”転移ですか? 無理だと思います。技術も遺失していますし、なにより魔力がありません。ただ、消費魔力は一定なんで超長距離の移動や輸送にならコスト的に収支にあうのかもしれませんね”

”魔力がなにかはわからんが、おかげで人間は負けなかったんだな”

 シレンツィオは窓の外が見えぬことには何も言わず、ただ羽妖精と頭の中で話をしながら旅を続けた。

”ところでですね、シレンツィオさん”

”なんだ”

”エルフの貴族教育なんて人間の役に立つんですか?”

”そこはやり方次第、というところだ”

 エルフと言えばいけ好かない連中というのがアルバの一般的な意見だが、何度も戦ったことがあるニアアルバでは、エルフは強敵とみなされていて馬鹿にする雰囲気がない。そこに留学してきたという形でエルフ風の宮廷儀礼を覚えていれば、少々風変わりでも馬鹿にされることはなかろうというわけである。貴族としての格式は保たれうる、というわけだ。

”普通に人間の学校に行ったほうが良かったんじゃないですか?”

”難しいところだ。貴族の学校は人脈作りを兼ねる。対して俺はそれを求められてない。いや、人脈を作るなというところだ”

”面倒くさい事情ですか? だったら聞きませんけど”

”面倒ではないな。俺に野心があると思っている連中がいるというだけだ”

”つまり政争に破れたわけですね!?”

”戦ってもいないが、世間ではそう見られているようだな”

”きっと塩対応と他妖精への興味のなさが問題だと思うんです。改善のために一緒に旅をしている可愛い羽妖精の名前をまずは尋ねるのはどうですか?”

”改善の必要を感じていない”

”いけずですよ、いけず。今の渾身のいけず顔見ました?”

”襟の中でやられてもな”

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