幕間

眠る幼馴染を起こすのは、結構大変だってお話

 朝。昨夜のうちに預かっていた合鍵を使って隣の家の玄関のドアを開けると、勝手知ったる幼馴染の家とばかりに真っ直ぐ階段へ向かい2階へ。そのまま氏姫の部屋の前に立ちノックする。


「氏姫ー」


 うん、反応なし。確認するまでもなく寝てるんだろうな。今日は早朝からおじさんとおばさんが出かけちゃうとかで、氏姫を起こしてくれって頼まれてたんだけど……正解だった訳だ。


 隣の家に住む若い男に、年頃の娘を起こすように頼むおばさんにツッコミを入れたい気持ちもあるけれど……いつものことだし、信頼されていると思えば悪い気はしない――ってことにしておきたいなぁ! 


 あの人、俺に合鍵を渡しながらそれはもう楽しそうに「寝てる娘にムラムラきたら襲っちゃってもいいのよ?」なんて言ってたからな? 俺としては苦笑するしかなかった。


 ほら、否定するのもアレだし? 将来的にはそうありたいと思ってるし? 氏姫に対してそういう感情を抱いてるってことは自覚してるしな。関係が固まりすぎて進展するキッカケも勇気もないだけで。


「氏姫、入るぞー」


 一応声をかけながらドアを開ければ見慣れた光景が目に入る。部屋に充満する女の子の匂いを感じて、無意識に深呼吸してしまった。


 誰も見てないのに誤魔化すようにして視線を巡らせる。中央に敷かれたふわふわの円形ラグと上に置かれたテーブル。そしてベッド上で掛け布団を丸めて抱きまくらみたいにしている氏姫の後ろ姿。


 相変わらず中学時代の体操服と赤ジャージをパジャマとして使っているんだな。今朝の組み合わせは上が赤色長袖ジャージで下は紺色ハーフパンツだった。


 この前みたいに下ジャージが床に落ちてないとこを見るに、最初からこの格好で寝てるんだろう。


「コアラみたいだ」


 本人が規則正しい寝息を立てているのをいいことに、思ったままの感想が漏れた。ベッド脇に歩み寄って、身体を揺するために手を伸ばそうとして――真っ白な脇腹が目に入る。


「……」


 ドア近くから見たときは気づかなかったけど、近づいて上から見ると……ジャージも下に着ているシャツも見事に捲れ上がってお腹が露出していた。これ、角度次第じゃ下乳見えるよな? 布団を抱き込んでるお陰で助かってるけどさ……。


 てか、ハーパンも中学時代のだからサイズが小さくパツパツで、お尻なんて下着の線が浮いてるし……。なんだか徐々に悪化してないか? 前はもう少しマトモだった気がするんだが! このままだと最終的に二葉みたいになりそうで怖い。


 そんな氏姫の寝姿に、おばさんの言葉が脳裏に蘇ってしまい慌てて首を振った。


「んん……」


 氏姫が抱きまくらにしていた掛け布団を放して、横向きから仰向けになった。お陰でスベスベのお腹がよく見える。運動がそんなに好きでも得意でもない割に無駄なお肉がついてないのは、同好会の活動としてプールで遊んでいる効果かもしれない。


 そういや世の中にはヘソフェチも居るんだよな? ……俺にはわからんけど、雪路なら熱く語ってくれそうな嫌な信頼感もあるな……。


「すー、ん……」


 痒いのか、右手が左の内ももをポリポリと掻いている。ハーフパンツの裾が上がっていくのもお構いなしだった。もしかしたら本人は意識してないのかもしれないが。


「……」


 なんか、すごく微妙な光景を見ている気がする。というか俺は氏姫を起こしに来たのに、なにを呑気に観察しているのだろうか。


「おい氏姫ー」


 最初から強めに肩を揺する。この程度じゃ起きないのは長年の付き合いでわかってるとはいえ、いきなり強硬手段に出るのもな……文句は言われないけど、俺の気持ちの問題だ。


「すー、すー」


 反応は規則正しい寝息だった。さてどうすっかね? 冬場は掛け布団や毛布を引っ剥がすと、大体は寒さで目を覚ましてくれるんだが……。今日のこの感じじゃ、これからの時期はもう使えそうにないな……。


 まぁ、そうじゃなくてもあんまり使いたくない手なんだけどな……。氏姫の場合、布団の中でどういう格好になってるかが、見てのお楽しみ状態だから……。それでも、どっかの義妹みたいにパンイチの可能性が無いだけ精神的には楽なんだけどな。


 二葉のやつ、真冬にパンイチで寝てることがあるのはどういう思考をしてるんだと疑問でしかない……どういう思考をしてると言えば、俺に起こされるのがわかっていてノーブラが当たり前な点もだ。


 つうか、寝るときノーブラなのに関しては……目の前の氏姫も同じなんだよなぁ……。もう少し気温が上がってきて、ジャージを着なくなったらシャツ1枚になってしまう訳で。よく今までモロ見えするような事故が起きてないなと、不思議で仕方がない……いや、正確には危ないことは何度もあったんだけどさ……正直、時間の問題な気がしなくもない。


「おい、氏姫ーっ」


「ん……?」


 更に強く揺すったところで反応があった。もうちょいか? 今日は早かったな。次は頬をペチペチしようかと思ってたとこだ。流石にどこかの義妹を起こすときみたいに鼻をつまんだりはしない。「ふがっ!」みたいな可愛くない声をあげてる氏姫とか、いくらなんでも見たくないし。


 ちなみに、二葉に対しても最終手段だぞ? もれなく怒られるし。あんなことすれば当たり前ではあるので甘んじて受け入れるが。


「氏姫さーん。朝ですよー」


「う、ん……あと5ふん……」


 なんだその定番のセリフは……。いやまぁ、起こすのに数分かかること前提で早めに部屋に来てるけどな? だから頼まれている時間には、若干の余裕があるのも事実なんだよ。5分なら一応は間に合うラインでもある。


「さっさと起きろー。お前、あと5分とか言いながら平気で10分寝るタイプだろうが」


「んん……かずきくん?」


 ようやく瞼が開き、瞳が俺を捉えた。


「朝だぞ。おばさんに起こしてくれって頼まれたんだ」


「そう、なんだ……」


 相変わらず朝は敬語が取れて舌っ足らずになるな……つまりまだ寝ぼけてるってことだ。家族と俺たち兄妹くらいしか知らない、氏姫のレアな姿でもある。役得ではあるんだけどな……。


「氏姫、俺が居るんだから着替えようとするな」


「かずきくんなら気にしないよ?」


「……頼むから先に顔を洗ってきてくれ」


 朝に弱い幼馴染が完全に目を覚ますまで、もう少し時間がかかりそうだった。


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