ラスト7 私を……もっとドキドキさせて欲しいな

 俺を窺うようにしながら体勢を変えていく氏姫。両手を脚の間についたせいで、腕に挟まれた胸が強調されるような格好になった。寄せられ柔らかそうに変形する双丘を改めて見てしまう。


 先程「触りたいですか?」と聞かれただけに、意識するなというのが無理な話だった。


 当然のことながら氏姫だってわかってるのか、身じろぎひとつ。俺を見上げているのも、表情が変わるのを必死に抑えている様子まで伝わってくる。


「氏姫……」


「一樹くん……」


 氏姫が瞬きする度に、触れたい、抱きしめたい、なんて思考が浮かんでくる。それらを振り払って水鉄砲の銃口をお腹に向けた。


 濡れ透けしてる場所が胸だけっていうのは、正直言って目に毒だ。どうしても視線が吸い寄せられてしまうからな。


 ただ、ここで気づく。プールサイドにペタンと座っている氏姫と立ったままの俺。威圧しているようでなんだかモヤモヤする。


「……こうするか」


 その場で俺もしゃがんでみた。身体の間隔は変わらないのに、顔が近づいたからか距離が近づいた感じがする。それでいて上目遣いは変わらないのが良い。立っているときよりも目線の高低差が縮んで角度が変わったのも、いつもと違う新鮮さがあってグッドだ。


 俺、氏姫の見上げてくる視線が大好きなんだよな。向こうも察しているのか、わざとらしさを出しながら積極的に使ってくる。当然のことながら、15センチの身長差から自然となっているときもあるけど。


 改めて水鉄砲を構える。銃口を向ける先はさっきと同じくお腹。


「一樹くん、もう少し上でもいいですよ?」


 ココを狙えとばかりに胸を強調させている腕を動かしている幼馴染。


「なぁ……まさかと思うけど、お前が胸を狙って欲しいだけじゃないのか?」


 つい口に出してしまった。なんだか氏姫が胸に誘導しているような気がしてならない。


「そんなことないですよ? 私はただ、一樹くんが実は胸を狙いたいんじゃないかなと思っただけです」


 ……誤魔化してる感がすげーなおい。本当のことを言ってます! と、目を逸らさずに言ってくるのが逆に怪しさに拍車をかけている。


「本音は?」


「…………」


 追及すると、視線どころか顔ごと背けてくる。氏姫さぁ……そんな反応をされると、言わせたくなっちゃうんだが?


「氏姫が素直に言ってくれると嬉しいなー」


「……一樹くん、たまにすごい意地悪になりますよね。絶対にわかってやってるじゃないですか」


 一転して睨んでくる氏姫。ただ顔が真っ赤だし迫力を感じる前に、可愛いって感想が浮かんでしまう。


「お互い様だろうが」


 逆の立場なら嬉々としてからかってくる癖に。


「そうですけど!」


 そりゃ自覚あるよな。というか、俺たちの場合……こうしていてもいつ攻守が入れ替わるかわからないのが不安要素なんだよな……ほんのちょっとしたキッカケで変わってしまう。


「……わかりました。言います……さっき、一樹くんが私の胸を水鉄砲で撃って……シャツの下に透けてるスクール水着を凝視していたのが嬉しかったんです……ドキドキしちゃいました」


「――――っ」


 想像していた以上の内容だった。俺が思っていたのは、胸に注目されたことが嬉しかったんだろうなぁ……くらいだ。


 特に「ドキドキしちゃいました」なんて、いままでなら絶対に口に出さなかったはずだ。


「さっきから視線がどこを向いているのか、バレバレですからね? 私の顔を見ているようで、胸を見てます。お尻に食い込んだ水着を直すときにいつも感じる視線とまったく同じです」


「そ、それはお前がわざわざ俺の目の前で直すからだろうが!」


 見せつけるように! 見ていいですよとばかりに! むしろ見てくださいって感じじゃねえかよ!


「だ、だって、二葉ちゃんが気にせずに直してるのがいけないんですよ……未空ちゃんなんて水着が食い込んでいても気にしてないですからね……その中で私がコソコソしてたら負けた気分になるじゃないですか。一樹くん、みんなのお尻を目で追ってますし尚更です」


「ぶふっ!? お、追ってねえよ!」


 思わず吹き出した。と同時に、天然でやってる羽山の厄介さよ……。そういうとこしっかりしている雪路を見習って欲しい。


「いいえ、追ってます。胸に関しては私以外のときは目を逸らそうと努力してるのがわかりますけど、お尻と太ももは別です。無意識に見てます。ですよね? お尻フェチで脚フェチの一樹くん」


「……」


 断言されてしまった。しかも思い当たる節がありまくるので反論することもできない。


「…………」


 しかもここにきて氏姫も自分が発した言葉の内容にハッとしたように黙り込んでしまった。いまのは、私はヤキモチ焼いてます! って宣言でしかなかったからな。行動で示すことはあっても、ここまで口に出すのは珍しい。


 そして言わせてしまったのは俺だ。まさかこうなるとは思ってもなかった。


「そ、それで、ですね? 私を……もっとドキドキさせて欲しいな、なんて思ってしまってですね?」


 表情を隠すように俯く氏姫。正直、助かった。いま氏姫の表情を見てしまうと理性がどこかへ飛んでしまう予感があったからだ。


 好きな相手にここまで言われて、平静で居られるはずもなく。氏姫は「もっとドキドキさせて欲しい」なんて言っているけど、果たして俺と氏姫――どっちの心臓のほうが鼓動が速くなっているのだろうか。


 たぶん、疑問を口にした場合の答えは簡単にわかる。「確かめてみますか?」だ。ただそれは――俺の鼓動まで確認されてしまう訳で……そこまでの勇気はない。知りたいけど知られたくない。自分のことながら我儘だった。意気地なしとも言う。自覚はある。


「わかった」


 だから俺が取った行動は、幼馴染の胸へ水鉄砲を向けることだった。本人が望むことだからと、心の中で言い訳しつつだ。


 トリガーを引く度に体操服の濡れている範囲が広がっていき、胸元の濃紺色が増えていく。ものすごくイケナイことをしている気分になってくる。思わず、つばを飲み込むと自分でも驚くほどの大きな音が鳴ってしまった。


「くす……なんだか、変な気分ですね」


 一瞬、笑われたのかと思ったけど違かったらしくホッとする。どうやら強い緊張から出た笑いだったらしい。いつの間にか氏姫が自分の濡れていく胸元を見下ろしていた。


 安堵しながら撃ち続ける。耳に入ってくるのは、水鉄砲と互いの呼吸音だけ。ふたりの視線が向かう先も、氏姫の胸元だけ。俺も氏姫も相手の表情を見るのを避けていた。


「冷たくないのか?」


「体操服の上からなので、ジワジワ染みてくる感じですね……冷たくはないです」


「そうか」


「右胸を狙うのが多いのは……前にゆきちゃんが言っていたからですか?」


「?」


 どういう意味だ? 雪路が言っていた――あ。あったなぁ……氏姫は右胸のほうが敏感だとか。


「一樹くんだけに教えますけど……あれ、ほんとのことですよ?」


 なんでこの状況で言うんだよ!


「……マジか?」


 内心では叫ぶようにツッコミを入れているのに、実際には確かめてしまうという……。


「……マジです。試してみますか?」


 いまなら触っても許される気がする。気がするだけで、実行する勇気はないんだけどな!


 そこでふと、手に持っているものを思い出す。手はアウトだけど、水鉄砲ならどうだ? なんて考えてしまうくらいには、動揺しているらしい。


「お前な……自分を大切にしろよ?」


 捻り出てきたのは空気を読まない苦言だった。俺さぁ……割と本気で自分が嫌になる。


「……その返しは求めてないです」


「だよな――氏姫?」


 なにを思ったのか、女の子座りのままお尻をずらして器用に前へ出てくる。そのまま自分で右胸を水鉄砲に当ててきた。銃口が膨らみをぐにゃりと変形させる光景までバッチリ見てしまう。


「あんっ」


 普段の氏姫より高い声。ただ棒読みなので完全にわざとやってるのがわかる。よっぽど恥ずかしかったのか、その肩がプルプルと震えているし……。


「なにやってんだか」


 呆れた風を装いながらも内心はバクバクの俺だった。




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お知らせ


春休み編ラスト(1)から(6)までのタイトルを、


ラスト 1


のように変更しました。内容は変わっておりません。

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