ラスト6 濡れ透け、本当はじっくり見たいんじゃないんですか?

「兄さん? 躊躇なく妹の顔を狙うのどうかと思うんだけど!」


 目元を拭った二葉から文句が飛んでくる。そりゃ言われるよな。仕方ない。


「悪い。適当に撃っただけなんだ。まさか顔に当たるとは思ってなかった」


「むぅ……確かに狙いを定めていた感じはしなかったかも……」


 明らかに「言いたいことがいっぱいあるんだけど!」という顔をしつつも、楽しげに水鉄砲を構える雪路と羽山の姿を見てその場に座る二葉。両手を後ろについて背中を軽く倒し、両足を伸ばす格好だった。


 身体を守らないから好きに撃ってくれと、潔いようにも見える。見えるだけで、俺には別の意図が筒抜けなんだけどさ。


「阪口ちゃん! これじゃお尻狙えないよ!」


 そう、この義妹……散々のひとのお尻を狙ってたくせに自分のはしっかり守ってたりする。ついでに体勢の関係上、ちゃっかり腋まで閉じてるおまけつき。


「未空たちのこと好き放題してたんですから諦めてください」


「……わかってるから」


 本人も流石にこのまま許されるとは思っていなかったようで素直に頷く。表情は曇っているけど自業自得だからな。


「羽山ちゃん、どうしてもらう?」


「ゆきさんはお尻に拘りたいですか?」


「あたしとしては、やられた分くらいはやり返したいかな。羽山ちゃんは?」


 雪路は「自分が人にやったことは、そのままやり返されても文句言わない」タイプだ。逆に言えば「自分がやられたことは、そのままやり返す」とも。普段の言動を見ていればわかる。


「未空は……そうですね……まだ誰もやってないことをやりたいです」


 悩む素振りを見せる羽山。


「おっぱいとお尻と、腋は誰かしらが集中的に狙ったからそれ以外ってこと?」


「はい……膝裏とかですかね? 足裏はくすぐりになっちゃいますから違いますよね?」


 ちなみに雪路と羽山の会話を二葉は静かに見守っている。その引き攣った表情を隠せばふたりも多少は手加減してくれるだろうに……感情豊かっていうのはこういう場合不利だよな……周りが面白がるから。


 ちなみにちなみに。氏姫は体育座りになって必死に存在感を消していた。そして俺が見てるのに気付いたのか上目遣いで意味深な視線を向けてくる。どことなく期待してそうなのが雰囲気でわかるが……いったいどういう意味で期待しているのやら。


「羽山ちゃん、せっかくスク水に体操服なんだよ? 露出してる場所を狙ってもつまらないと思う! そもそも膝裏とかマニアックじゃない!?」


 スク水と体操服もどちらかというとマニアックに部類される気がするぞ? とは言えない……そんな格好の後輩女子たちと一緒に居る俺は? なんてツッコミを入れられるのが目に見えている。


 たとえ後輩たちが勝手にやってることだとしても、ひとりを集中砲火するのが好きなメンツが集まってるんだ。氏姫も二葉も喜んで雪路たち側につくだろうしな。極力、そんな事態は減らしたい。


 という訳で、これから集中的に狙われる役目は親愛なる義妹に任せることにする。


「雪路、羽山。相談なんだが」


「はい!」


「どうしました?」


 いや、お前ら……実は俺が言いたいことわかってるよな? だから二葉をどうするかの相談をしていたんだろうし。


「二葉」


「なに兄さん」


 雪路と羽山の間を行ったり来たりしていた視線が俺を捉える。正面から見返し、頷いておく。一瞬だけ「助けてくれるの?」と嬉しそうな表情を浮かべかけ、すぐに察したのか目から光が消えていった。流石だな。長年兄妹をやってるだけある。


「どんな痴態も見なかったことにしてやるから安心してくれ」


「安心できないから!!」


「ふたりとも。氏姫は俺が貰っていいか? 代わりにそこの妹は好きにしてくれていいぞ」


 騒いでる二葉をスルーしてそんな提案をした。自分で言っておいてアレだけど、兄貴として最低のセリフだよな……ただ、二葉が逆の立場ならどうするかを考えると、まったく心が痛まないのが……。


「わかりました」


「小田ちゃんは先輩に譲ります! その分、腋をしっかり狙っておいてくださいね!」


 ほんと雪路はハッキリしてるから良い。ふたりの了承が取れたところで、少し離れた場所に移動する。


「二葉さん、そのまま膝を曲げてください」


「こ、こう?」


「うんうん! 次は足を開いてくれるかな!」


「こんな感じ?」


 頭の中で二葉の体勢を考えている。えっと、足を伸ばしながら揃えて座っていた状態から、膝を立てて開脚? 要するに――


「もっと開いてください。M字開脚です」


 ――羽山の言葉が答えだった。


「ちょ、わざわざ言わなくてもいいじゃない」


「あ、手は足首を持つ感じにしてもらえますか? ――はい、それで大丈夫です」


「阪口ちゃん! いま体操服姿でよかったね!」


 暗にいつものハイレグ水着でも同じことしてたと言ってるように聞こえるのは勘違いだと思いたい。


「ゆきちゃん。直接は無理ですけど、これならハーフパンツの裾側から水鉄砲を撃てばお尻を濡らせますよね?」


 うん? それってつまり……ハーパン越しより悪化してるよな?


「だね! 文句なし!」


 しばらくコイツらに関わるのやめよ……。


「……」


 無言で歩き続けると徐々に3人の声が届きにくくなった。距離的には20メートルくらい離れたか? それでも時折――


「にひひひひっ!!」


「あ! 体操服の中に水鉄砲突っ込むのはなし! って、羽山さん! おっぱいなら自分のを撃てばいいじゃないのよ!」


「その言葉はそっくりそのままお返しします!」


 ――なんてのが聞こえてこなくもない。どう考えてもあの場に残っていなくて正解だろ……まぁいいや。二葉に関しては自分のやっていたことが返ってきただけってことにしておこう。


 これからの時間は二葉のことより、氏姫のことを考えたい。


「一樹くん。私のこと……どうしますか?」


 なんて思ったタイミングで氏姫が声を掛けてきた。手招きでもして呼び寄せようと考えていたけれど必要なかったらしい。確認するまでもなくついてきていた。


 しかも、正面に回り込んできてくれたお陰で義妹を視界に入れずに済んで助かった。もっとも、代わりに幼馴染の姿が映るわけなんだが――


「……わざとらし過ぎだ」


 氏姫のヤツ……腰の後ろで手を組んで、若干前かがみになって胸元を見せつけるようにしている。実際、そういう意図なんだろうな。俺が撃った水によって濡れて貼りつき、下に着ている濃紺が透けているのを意識させたいんだろうなと思う。


 背中や二の腕で何度も味わったことがある柔らかさが脳裏に蘇ってしまい、無意識に視線が吸い寄せられてしまい離せない。


「一樹くんがやったんですよ? 濡れ透け、本当はじっくり見たいんじゃないんですか? それとも……触りたいですか?」


 氏姫はそんな風に言ってくる。俺がその気になれば、手が簡単に彼女の双丘まで届いてしまう距離だってことを理解しているのだろうか。


「……ああ」


 いつもなら適当に誤魔化すところだ。それか、誰かがからかってきて有耶無耶になってしまう流れ。だけど現在、邪魔に入りそうな連中は近くに居ないし、自分たちの世界に入ってしまっている。つまりいまなら――そんな思考が浮かんでくる。


 俺の心の中を見透かしたように上目遣いで小首を傾げる氏姫。緊張で呼吸が浅くなり鼓動が速まりつつある俺に対して、余裕そうな表情なのが何故かムカつく。ほんとに手を伸ばしてやろうかと思ってしまう。


「一樹くん、珍しく胸を真っ先に狙いましたよね。こういうときは大体無難なお腹とか肩を狙うのに。体操服そんなに好きなんですか? それとも、下のスクール水着ですか?」


 わかってるくせに俺の口から直接言葉で聞きたいらしい。


「……どっちもだよ」


「……なら好きにしていいですよ? この春から大学生の一樹くんにとっては女の子の体操服とスク水姿を堪能できる貴重な機会ですもんね? 向こうも長引きそうですし?」


 氏姫がチラッと二葉たちの様子を確認して、顔を俺に向け直す。その一瞬で表情が変わっていることに驚きつつも安堵する。


 どうやら緊張しているのは俺だけじゃなかったらしい。


「氏姫、座ってくれるか?」


「……はい」


 俺は座り方を指定していないのに迷わず女の子座りする氏姫を見下ろしつつ、水鉄砲を向けるのだった。

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