ラスト4 顔を狙われそうだからこのハーパンは終わるまで返さないからね! 盾だから!
「やっと終わりましたよー!」
なんて言いながら俺の隣にやってくる雪路。羽山とは違って下はハーフパンツのお尻側まで濡れている代わりに、シャツの背中側はほとんど被害を受けていなかった。
気分的には羽山のほうがマシそうだけど、実際のとこはどうなんだろうな? 人によって感じかたも違うだろうから単純比較はできないだろうけど。
「お疲れ様です」
羽山も寄ってくる。残りのふたり? 次の被害者を決めるじゃんけんをしてるんだが……幼馴染らしく裏の裏を読み合った結果、あいこが続いている。
「結局、羽山ちゃんはずっとおっぱいを狙ってきたね! あたしのじゃつまらないと思うんだけど?」
「そんなことないですよ? ねえ一樹さん?」
「俺に聞くな」
嫌がらせか! 「面白い」「つまんない」どっちで答えても問題あるじゃねーかよ!
「?」
不思議そうに小首を傾げてみせる羽山。なんだかどっかの幼馴染とか義妹にそっくりの仕草だった。絶対にわざと真似してるよな……。
「んー、水着はともかくシャツとハーパンが濡れてるのヤダ……体操服脱いじゃお」
そして俺と羽山のやり取りをスルーして、おもむろにシャツの裾を掴んで一気に捲り上げる雪路。躊躇いも羞恥もない堂々とした脱ぎっぷりだった。清々しいと言えるかもしれない。
「……」
「……」
脱いだ体操服を絞り始めたところで、俺と羽山の会話が止まって視線が自分に向いてることを認識したらしい。
「どうかしました? 羽山ちゃんも」
シャツとハーパンをプールサイドの壁際に畳んで置きながら聞いてくる。
「いや、別に」
言えねえ……雪路……競泳水着だとそんな気にならないけど、スク水姿だと……小柄な身体と童顔のせいで若干の犯罪臭が……なんて言える訳がない。
「……未空もなんでもないです」
気のせいじゃなければ羽山も俺と同じ感想を抱いてるよな? 隣を見れば頷きが返ってくるし。
「ふーん……」
訝しげな表情を隠すことのない雪路だけど、追求もしてこなかった。それ以上に気になることがあるのか両手が忙しなく身体を行き来している。
具体的にはスク水のお腹の部分を引っ張ったと思ったら、背後に手を回してモゾモゾと。それから内ももを撫でて、今度は胸元を摘んでと。
「ゆきさん?」
「……羽山ちゃんは平気? あたし、水着が部分的に濡れて貼り付いてるの落ち着かないんだけど! いっそ全身が濡れていて欲しい!」
あー……さっきから触ってる場所はそういう理由か。というか、一部が濡れてるのを見るのは好きだけど、自分が着てる水着がそうなるのは嫌と。そんなもんだよな……。
「未空はそんなに気にならないですけど……むしろ、体操服のシャツが気持ち悪いです」
そういや羽山は二の腕を気にしてたもんな。
「下は水着なんだから脱げばいいじゃん!」
「……それはそうなんですけど……スクール水着姿を見られるのはちょっと……恥ずかしいと言いますか……」
なんて言い出した羽山の目は俺を見ていた。照れたような困ったような。微妙な表情だ。
「? 羽山ちゃんの場合、普段使ってる競泳水着とあんまり変わらないよね? どっちもスパッツタイプだし。逆に背中が開いてない分、露出は減ってるよ?」
「それもわかってるんです……でも、一樹さんに見られることを前提で未空が自分で選んだ競泳水着と、授業で女子にだけ見られるはずだったスクール水着だと気持ちの問題が出てくるんですよぉ」
「ごめん、ちょっとわからない! 露出減ってるし、あたしは阪口先輩に見られても別に気にならないかな」
「……え、未空が少数派なんですか?」
「……みたいだな」
この同好会……大体羽山が少数派になるよな。
「……やっぱ、友達が同好会以外に居ないのも未空がおかしいからなんですね」
ショックを受けてる羽山。ほんとならすぐにでも否定してやりたい。たださ、俺が知ってる羽山って割と――距離感バグった罰ゲーム好きのイメージなんだよな……。仲良くなっちゃえば、一緒に居て楽しい相手って認識になると思うんだけど……。
羽山――コミュ障で男嫌いなんだよな……同好会での姿を見ると忘れそうになるけど。
「…………そんなことないと思うぞ?」
「そうだよ羽山ちゃん! あたしよりマシだよ! あたしなんて同性からは警戒されるし、男子からは異性として見られてないから!」
いや、雪路は完全に自業自得……てか、クラスの男子からはどういう扱いになってるんだ? 女子にちょっかいかける悪友とかか? ……ありそうだなぁ。
「ゆきさんの場合は……まぁ、はい」
言葉を濁す羽山。フォローしてくれてる相手なのに……でも、薄情とは思えなかった。
「あたしはスク水姿を男子に見られるより、もっと気になることがあるんだけど」
何事もなかったかのように話題を軌道修正していく雪路。セクハラさえやめれば友達多そうなタイプなんだがなぁ……自分で百合っ娘と名乗るくらいなんだから無理か。
「いつもの水着と違うのは……下半身ですよね?」
「正解! お尻から太ももまで纏めて包まれてる感覚のほうがよっぽど気になっちゃう!」
どうりで落ち着かなさそうな訳だ。しかも濡れたせいで本人が言ってたように、部分的に貼り付いてくるんだもんな。
「未空は別に気にならないですけど……」
「羽山ちゃんはいつもスパッツ水着だからだと思う!」
だよな……。
「あれ? 雪路さんいつの間にか体操服脱いでるし」
どうやら次の犠牲者が決まったらしい。二葉と氏姫が寄って来た。
「ほんとですね。けど水着ならいいですけど、濡れてる服を着ていたくない気持ちもわかります」
「羽山さんも脱いじゃえば? 濡れてからずっとシャツの袖を気にしてるでしょ」
「そうだよ羽山ちゃん!」
二葉は恐らく、善意で言っている。少し離れた場所でじゃんけんしていて俺たちの会話が耳に届いてないだろうし。
でも雪路さん? あなた……直前まで羽山と話してたよね? 空気読めるはずだよね? 完全にわざとやってるよね? 自分が羽山のスク水姿を堪能したいだけじゃないのかな?
と言いたいことがいくつも頭に浮かんでくると同時に、雪路……こういうところが同性から警戒される原因のひとつなんじゃ? と思った。
「えっと、ですね?」
「未空ちゃん、もしかしてスクール水着姿を一樹くんに見られるのが恥ずかしいとかですか?」
氏姫の単刀直入の言葉。
「……」
羽山は無言の肯定だった。
「え? 今更じゃない? この1年ずっと水着姿見られてるのに。雪路さんだって気にしてないわよね?」
「あたしも別に。見られるって言っても先輩だし!」
「どうせこのあとはプールに入るんだし、遅いか早いかの違いですよ?」
……怖い。打ち合わせなく団結してるのが本気で怖い。当たり前のようにひとりを狙うのも怖いが!
この4人……ちゃんと仲が良いんだよな? たまに不安になってくるんだけど。1度羽山に話を聞いたほうがいいか……?
「そもそも今日みんなでスク水を着ることになったのだって……そろそろ春休み終わりだし、変わったことやりたいよね? せっかくだからクジで決めようって話になって、羽山さんが自分で入れたのよ?」
「は?」
見ると、羽山は顔の前で手をブンブンと振りながら後ずさる。
「ち、違うんです! ビキニDayとか、相撲大会とか、肩車戦よりはマシだと思って入れただけです!」
「……羽山?」
あー……読めたわ。嫌なモノの中から比較的マシなのを選んだと。その結果スク水Dayでも引いたのか? しかも自分で選んだから反対もできず。
よくよく考えれば羽山が本気で嫌がっていれば、いくら二葉たちでも考慮するもんな……。というか、だ。相撲とかも誰かが本気で拒否れば除かれてるはずで……。そうなっていない時点で、実は同意済な訳だ。嫌でも許容範囲内と。
ほんとは不仲でした! じゃなくて、羽山の自爆かい!! 心配して損したわ!
「……わかりました。脱ぎます」
ここまでくればどう頑張っても逃げられないと悟ったのか、潔くシャツの袖から右腕を抜く羽山。続いて左腕。数秒躊躇してから裾を丸めるように持ち上げていき首から抜きさる。その直前、一瞬だけシャツが引っかかった胸が弾む場面までしっかりと見てしまった。羽山本人は俺に胸を見られていたなんて思ってもない様子。
ふと視線を感じて、主を探すと氏姫と目が合う。その異常に柔らかい微笑みが正直かなり怖かった。しかも他の誰にも気づかれていない。
「羽山ちゃんって開き直ると強いよね」
雪路に同感。うんうんと頷いていると、百合っ娘が素早く動いた。目指している先は、ハーフパンツに手をかけた羽山だ。止める間もなかった。ちょうど羽山がハーフパンツから両足を抜き終わったタイミングで――
「これでいいで――っ、ゆきさん? な、なにしてるんですかぁ!」
最初の途切れた言葉が、スク水姿になったことへの反応窺い。次が、間近に居た雪路への驚き。最後が脱ぎたてのハーフパンツの匂いを思いっきり嗅がれた被害者の魂の叫びだった。その顔は真っ赤に染まっている。
直前まで一緒になって羽山を脱がせようとしていたはずの氏姫と二葉までが同情するような目を向ける始末。
特に氏姫に関しては、最初に脱いでいた自分のハーフパンツをさり気なく回収して――何故かそのまま俺に渡してきた。思わず受け取っちゃたけど……どうしろと?
これは変なことをしないと信用されているのか、それとも「嗅ぐなら私のをどうぞ」って意味なのか……恐らく後者なんだろうなぁっ!
「うーん……やっぱ濡れちゃうと、匂いがわかりにくいよね……水の匂いで上書きされちゃうというか……あ、お尻側なら湿ってるくらいだから――スンスン」
「二葉さん提案です。延長戦するのと、いま着てるシャツをゆきさんに渡すのどっちを選びますか? ハーフパンツでもいいですけど」
羽山? それ提案じゃなくて脅迫って言うんだぞ?
「延長戦に決まってるじゃない。姫姉さんもいい?」
敵味方の入れ替わり具合よ……3対1の構図は変わらないけど……これも仲が良いからできることだと思っておこう、うん。
「私は二葉ちゃんのシャツと未空ちゃんのハーフパンツを交換でもいいですよ?」
え? 氏姫?
「その場合は姫姉さんのシャツもセットだから」
うわ……二葉もか。
「延長戦決定ですね! 二葉ちゃん! 未空ちゃん!」
「未空はまた大きい水鉄砲使いますね」
「顔を狙われそうだからこのハーパンは終わるまで返さないからね! 盾だから! ――クンクン」
「だから嗅ぐのをやめてください!」
最近さ……うちの同好会の女子たち……全員がそれぞれ別方向にいい性格してるんじゃないかって思うんだ……。
こうなることを覚悟していたのか、自分からターゲットの定位置に移動する雪路、それを追う羽山と二葉。氏姫もついていくのかと思いきや、俺の傍まで寄ってきて――
「一樹くん、私の体操服はまだ濡れてないので……ちゃんと匂いがすると思いますよ? しかも、家から学校まで制服の中に着ていて……少しだけ汗もかいちゃいました」
――なんて、背伸びして耳打ちしてくる幼馴染。表情は見えない。
「……ならシャツが欲しい」
ふわっと香ってくる氏姫の匂いを意識してしまったのがいけなかったのか、本音が漏れ出す口を止められなかった。
「――っ、か、一樹くんが更に求めてくるなんて珍しいですね」
幼馴染の動揺が不自然な吐息として耳をくすぐった。
「冗だ――」
慌てて誤魔化そうとしたけど、氏姫のほうが早かった。
「いいですよ? でも……濡れ透けも楽しんで欲しいので、私の番のときは返してくださいね?」
「――――っ」
「くすっ、耳、真っ赤ですよ?」
耳に当たる氏姫の息がこそばゆい。
「……お前だって照れてるだろ。見なくたってわかる」
「だ、誰のせいですか……」
ごもっともです……なにも言えない。
雪路をターゲットとした延長戦。先に始まっていたそれに参加する氏姫の背中を見送る。普段、同好会のときは競泳水着姿で開いた背中ばかり見ているからか……スクール水着によっていつも眺めている背中が隠れているのはある意味新鮮だ。
そんな俺の手には、氏姫の体操服が上下セットで握られている――本人の言った通り、汗の匂いがした。
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