未空の身体って需要あるんですか?
お昼過ぎまでのバイトを終えて高校のプールへと向かう最中。駅のホームに見慣れた制服姿があった。背後に回したスクールバッグの紐を両手で持って、ジッと線路を見つめて立っている。俺に気づいた様子はない。
なんとなく悪戯心が湧く。まぁ自重するが。男嫌いだと自称している相手にそんなことができるはずもなく。これが氏姫や二葉なら遠慮なく行くんだけどな……アイツらの場合は基本的に家から一緒に行動することが多いから、外でバッタリなんて機会が早々ない。
高校時代も学年が違っちゃうとなぁ。3年生と1年生じゃ休み時間にすれ違うことはあっても、チャンスは少なかった。そもそも他の生徒の視線もあったしな。
なんてついこの間までのことを思い出しながら羽山の後ろに並ぶ。どうせ目的地は一緒なんだ。ここで声を掛けないのも変な感じがすると、口を開こうとしたところで――
「!?」
敏感に気配を察知した羽山が引き攣った表情をしながら振り向いた。ガバッ! そんな音が聞こえてきそうだ。そのまま距離を取ろうとして……。後ろに立つ人物が俺だと認識したのか、肩の力を抜いていた。
「――ほ、一樹さんですか」
「悪い、驚かせたみたいだな」
なんというか申し訳ない……悪戯を自重したのに結果は変わらなかったという。ちと反省。
「いえ……ちょっとビックリしました」
否定しようとして、思い直したのか頷く羽山。
「羽山はここが最寄り駅だったな」
「です。一樹さんは……?」
俺がここから電車に乗ろうとする理由が思い浮かばなかったのか、不思議そうにしている。
まぁ俺が持ってるのは水着とタオルなんかが入ってる鞄だけだしな。同好会の前に寄り道やショッピングって風でもない。
「俺? バイト先の最寄り駅がここなんだよ」
「そういうことですか。今日はバイト終わってそのまま同好会ってことですね?」
「正解だ」
「納得です。それでひとりだったんですね」
うんうん頷く羽山。納得の色が浮かんでいる。
「ん? 気になったのはそこなのか?」
「はい。一樹さんの隣には常に氏姫さんと二葉さんが居るイメージなので」
「あー……」
視線が彷徨ってたのはそういう意味か。氏姫たちが一緒だと考えて探していたと。まぁ……わからなくもない。自分で思い返してみても大体2人が揃っていたし。
後輩からそう認識されているのが良いのか悪いのかは微妙だけどな。
アナウンスが流れ、電車がホームに入ってきたのはそんなタイミングだった。市内に住んでいて、街へ出ると言えば大半の人間がこの駅の周辺を想像するだけあって降りてくる人が多い。春休みだから中高生や大学生なんかが特に。
逆に入れ替わりで電車に乗る人は少ない。現に俺たちと同じドアから乗り込んだのは、他に1人だけだった。左右を見渡しても座席は大半が空いている。どうすっかな……。
羽山に合わせるか。そう思った俺の視線の先で、彼女はドアの脇を確保した。右手で手すりを持って、座席との仕切りになっている手すりに背中を預けた。もちろん、仕切りを挟んだ反対側が無人なのを確認してからだ。更にスクールバッグを左肩に掛け直す。まるで隣に立たれるのを防ぐみたいに。
「ふぅ」
ドアが閉まったのを確認した羽山は満足そうに小さく息を吐くのだった。
「羽山……席はいくらでも空いてるんだが?」
「知ってます。一樹さんは座って大丈夫ですよ?」
いやいや……後輩の女子が立ってるのに、俺だけ座るのってダメな気がするんだ。近い吊り革に掴まったところで電車が動き始めた。
「いつも立ってるのか?」
「はい、ひとりのときは座らないです。隣に知らない人が座ると落ち着かないんですよ」
言われてみれば同好会のメンバーで電車に乗るときも、羽山は必ず角を確保してたな……仕切りと自分の身体の間にバッグを置いて、仮に寄りかかってくる人間が居ても接触しないようにして。運悪く座れなかった場合は、今みたいなドア脇の手すり前を確保している。
「もしかして俺が一緒だからこっち向いてるけど、本音としては窓の外を見てたいとか?」
「それはないですね」
即答だった。逆に気になるな。
「なんでだ?」
「以前はずっと窓の外を見てたんですけど――」
一旦言葉を切った羽山の表情が曇った。嫌なことでもあったのか?
「嫌なことがあったとかなら無理して言わなくてもいいぞ」
「この前、後ろにピッタリとおじさんに立たれたことがありまして……今日みたいなガラガラなときに、です」
「…………」
正直、うわぁ……と思った。同時に俺が後ろに立ったときにすぐ反応したのと、その表情が引き攣っていた理由までわかってしまった。恐らく春休み中のことなんだろうな……同好会のときに様子がおかしいことはなかったはずだから、恐らく帰り道。
「嫌な予感がして変なことされる前に逃げましたけど、舌打ちされました……その目がスカートを凝視していて結構怖かったです」
「…………」
思い返しただけで顔色が青ざめている羽山に、言葉が出てこない。
「それ以来、ひとりのときは逆にドアに寄り掛かってます」
車内を見てるんだろうけど……羽山のことだ。他人と目が合わないように俯いてることが想像つく。
「さっき、本気で悪かった」
「い、いえ……未空こそ過剰に反応してしまってすみません」
「羽山が謝る必要なんてないぞ」
いやほんとに。
「一樹さんは未空が安心して一緒に居られる男性なので、ありがたいです。えっちな目で見てこないので……?」
羽山も言ってる途中で「あれ?」って感じで頭にハテナが浮かんでいそうだった。
「……」
最近やらかしまくったからなぁ……思い当たる節があり過ぎる。
「一樹さん……未空の身体って需要あるんですか?」
実際、本人がどう思っているかは知らないけど、スタイル良いからな。需要がないなんて間違っても言えない。
だからって、俺が「需要ある」なんて言うのもどうかと。適当に誤魔化そうとしたところで、羽山の真剣な眼差しに気づいてしまう。
なんて難しい質問なんだ! 俺に聞くな! と叫びたくなるも、羽山にとって普通に話せる貴重な男が俺なのもわかっている。正直な意見を聞きたいんだろうな……。
「……そりゃあるだろ」
答えながら胸を見そうになって、慌てて視線を逸らす。
「……そうですか」
当然、人の視線を気にしがちの羽山が気づかないはずもなく。
「……」
「……」
会話が止まってしまう。だからっていまの話題を続けるのもどうかと思う訳で。仕方なく視線を窓の外へ向けると、羽山も続いてきた。
ふたりで景色を眺めて数分。駅に到着しドアが開いたところで、羽山がバッグを身体の前に移動した。乗り降りする人間との接触を警戒しているのがわかる。
俺たちの傍にあるドアから降りたのは1人。乗ってきたのは中高生と思える男女だった。イケメンに美女の組み合わせ。街中を歩いていれば人目を引きそうな感じだ。
車内を見回すと、最寄りの座席。羽山の後ろに座ろうとして――女の子が男の腕を引っ張って、対面の席に座った。それもわざわざ空いていた端ではなく、ふたり分空けてだ。
「……はぁ」
電車が再び動き出したところで、後ろに座られなかったことに安堵している羽山。
「あのふたりどうしたんだろうな?」
ちょうどよかったので話題に出してみた。
「最初は未空の後ろに座ろうとして向こうに行きましたよね」
羽山も不思議に思ったらしい。
「羽山のあっち行けオーラを感じたとか?」
「かもしれないです」
「おい……」
冗談のつもりだったんだが、あっち行けオーラは否定しないのな。
「一樹さんには向けてないので安心してください」
「その補足いるか? 逆に怪しくなってるんだが?」
「ちなみにですけど、一樹さん。さっき、未空の身体が需要あるって言ってくれたの……氏姫さんに言ってもいいですか?」
悪戯する子供みたいなレアな表情を浮かべる羽山。
「……なあ、氏姫が最近やったこと知ってたりするか?」
「内緒です♪」
知ってる反応だった。同時に気づく。どうやら……羽山はご機嫌らしいと。もしかして……さっきの需要ある発言……嬉しかったりして……なんてな。
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