恥ずかしがってる氏姫を見るのが、割と好きだ

「お疲れ様」


「それじゃ店長、お先に失礼します」


 家から電車で2駅。高校は更に2駅と考えると中間地点で通いやすかったため、もう2年近く続けているバイトになる。なにが良いって、大学と同じ駅というのがありがたい。恐らく大学生の間は続けるんだろうなぁという予感もある。


 駅から歩いて10分。メイン通りから1本入った場所にある3階建てテナントビルの1階。そこに入っている喫茶店が俺のバイト先だった。


 ドアから外に出ると、横にある階段から降りてきた人と目が合った。小柄でボーイッシュなパンツコーデの女の子。


「あれ? 阪口先輩じゃないですか」


「雪路?」


「先輩、喫茶店でコーヒーでも飲んでたんですか?」


 あ、俺のバイト先知ってるの氏姫と二葉だけだ。そういや雪路と羽山には知らせてなかったな。


「いや、ここ俺のバイト先。高2の頃から続けてる」


「え!?」


 やけに大袈裟に驚いたな……。


「どうした?」


「あたし、4月からここの2階にある雑貨屋でバイト始めたんですよ」


「マジか」


 そういやこの前、面接だって言って同好会を休んでたな。にしても、こんな偶然あるもんなんだな……。


「マジです! 偶然ってあるもんなんですねーっ」


 同じことを思ったらしい雪路が大きく頷く。相変わらずひとつひとつの動作が大きいヤツだ。


「同好会のメンバーは知ってるのか?」


「誰も知らないと思います! つまり……先輩があたしの初めてですね!」


「言い方よ。絶対にわざとだよな?」


 無駄に勘違いされる言い方をしてくる。それもこんな街中で。雪路は通りやすく大きいから思わず周囲を確認してしまう。特にこっちを見てる人は居ない、と。安堵の息が漏れた。


「なにがです?」


 キョトンと首を傾げている。完全に意識せずに出た言葉だったらしい――と思ったところで、気づく。口元がひくついていた。


「やっぱわかってて言ってるよな……雪路がわからないはずないわ」


「えへへ、冗談ですよ!」


「あのな」


「先輩帰りですか?」


 俺が苦言を口に出そうとした気配を敏感に察知して話題を変えてくる。同好会のメンバーはなんでこう……。


「ああ」

 

 色々と言いたいことがあるけど、お店の前で続けるのもどうかと思い頷いた。


「なら一緒に帰りましょう!」


 自然と俺の隣に並んでくる雪路。意識して近づこうとしなければ絶対に肩が触れたりしない距離感が逆に安心する。


 帰らないんですか? と見上げてくる視線に押されるようにして、駅に向かって歩き出す。実は雪路の家は俺と同じ最寄り駅だったりする。東口と西口の違いがあるけどな。


 ちなみに羽山の家は俺たちが現在向かっている駅を挟んで反対側らしい。行ったこともなければ、この先行く機会もないだろうけどな。雪路の家含め。


「先輩先輩! 小田ちゃんとの関係はどうですか?」


「なんだいきなり」


「ほら、あたし……結構、セクハラしまくってるじゃないですか。幼馴染なら見逃してくれても、彼氏なら本気で怒りそうなので」


 自覚はあるんだな。なかったら逆に怖いが。


「前も聞かれたことあるよな」


「定期的に確認しておこうと思ってます!」


「……まだ幼馴染だよ」


 悲しいことにな。二葉に「さっさと告れ」と何度言われたことやら。


「ついでだから質問いいですか?」


「構わないぞ」


「先輩ってあたしが小田ちゃんのおっぱい揉んでるときとか、怒るどころか楽しそうにしてることが多いじゃないですか。どういう気持ちなんですか?」


 ふむ。


「怒って欲しいと?」


「違います! 好きな娘の身体を触りまくられるの嫌じゃないのかなって疑問に思っちゃったんです」


 今更過ぎる……。


「雪路……まさかやらかした? ついに彼氏持ちの娘に手を出したのか!?」


「未遂です未遂! ガチギレしてる視線に気づいて慌ててやめたので! それで、先輩はどうなのかなって気になっちゃいました」


「嫌だと感じてたらとっくに怒ってる」


「ですよねー」


 苦笑を浮かべつつも、俺の表情から内心を読み取ろうとしてくる。気になっているのは事実らしい。


「俺と氏姫の場合はさ……正直言って幼馴染の距離感じゃないだろ?」


「まぁ、そうですね」


 自覚もあるし、周囲からもそう見られていることはわかってる。


「だからさ、例えば俺がアイツの身体に触れても当たり前みたいな反応なんだよ」


「つまり……どういうことです?」


 雪路はピンと来なかったらしい。


「正直……雪路にセクハラされて恥ずかしがってる氏姫を見るのが、割と好きだったりする……」


「え、そんなパターンあるんですか!?」


 そりゃ驚くよな。自分で言葉にしてみてもビックリなんだから。


「女同士だし……別にいっかって」


「で、でも先輩たちって、スキンシップしてお互いに顔を赤くしてるときありますよね?」


「そりゃ、健康的な男女だし? 当然意識してるさ」


 触られるのは平気でも、触るのは躊躇いがちだったりな。そこに関しては氏姫のほうが積極的だ。


「……なのにどっちからも告白しないんですね」


「俺も氏姫も……されたい側なんだろうな。長年の付き合いで互いに相手を異性として意識していることには感づいていて……気持ちを既に知ってしまっているからこそ――相手から言葉で伝えて欲しいと思ってる。自分の気持ちはとっくに伝わってるだろうって」


 言い換えると……揃って告白する勇気がない!


「……うわぁ」


「そういう訳である意味、氏姫の色んな表情を引き出してくれる雪路に感謝してるまであるんだ。これからも気にせずセクハラしていいぞ。あ、本気で嫌がることは程々にな」


 暴走しても、泣かせるようなことは絶対にしないって信頼があるからこそ言えることだった。間違っても雪路以外には言えない。


 それに氏姫の嫌がる表情とか、俺が引き出すのは逆に難しい。多少のことなら嫌な顔せずに許容してしまうし……。


 そもそも、長年の付き合いでお互いに越えちゃいけないラインを把握しているからな。嫌な思いをさせてしまった時点で、ライン越えどころじゃ済まない可能性もある訳だ。わざわざ地雷を踏みに行くはずもなく。


「まぁ、わかりました」


 雪路がなんとも言えない表情で反応に困ってるのがわかる。


「てっきり喜ぶと思ったんだけどな」


「……幼馴染って面倒くさって思いました!」


「…………」


 一切否定できなかった。俺たちは幼馴染って関係の中でも、きっと面倒くさい側だろうなと察してもいる。どうしてこうなっちゃったんだかねぇ……。


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