怒られる前に言っておくと……その水着ね? ポチるのよ

「悪いな氏姫……手伝い頼んじゃって」


「いえ……私も二葉ちゃんにお礼しないといけないと思ってましたのでちょうどいいです」


 まぁこの前のお礼だよな。じゃなけりゃさっさと逃げたい。


 我が家の義妹の部屋のドアの前。これからの作業は恐らく、半日で終われば優秀だと思われる。最悪1日掛かりを覚悟しているが、その場合俺はバイトで途中離脱となってしまうんだよな……そうなったら氏姫に申し訳がない。


「お昼までに終わればいいんだけどな」


「無理だと思います」


 そう断言した氏姫の姿を見る。半袖シャツに紺のハーフパンツという高校の体操服姿だ。汚れること前提、足元のバッグにはゴム手袋にマスクまで用意されていた。流石幼馴染だ。過去に何度もあの惨状を一緒に片付けたことがあるだけあって、準備万端だった。


 俺も着古して、最悪このまま捨ててもいいと考えているシャツにジーパンと、いくら汚れても構わない格好をしている。


 氏姫と顔を見合わせ頷き合う。それからドアのノブに手を伸ばし――伸ばしたところで――捻る気にならない……。


「一樹くん……こうしている時間がもったいないと思います」


 氏姫の言葉に背中を押されるようにして、ようやくドアノブを捻った。


「二葉入るぞー」


 ドアを開けると飛び込んでくるのは、床に散乱する空き箱やビニル袋。数カ所にシリーズ入り乱れ積んである小説や漫画本。その上に脱いだ服が放ったらかしになっているという惨状だった。


 比較的マシなのはベッド周り。むしろここしかマシだと言える場所がない。氏姫と同じようにパジャマ代わりに使っている中学時代の体操服とジャージ。それから高校の制服はベッド脇の壁に掛けてあり、ここだけが綺麗と言える箇所だ。


 ベッドは起きたままの状態で整えてないし、枕元にはスマホとタブレットが転がっている。更にヘッドボードには読みかけの小説が3冊伏せてあるという……。


 一応は虫が湧くのだけは避けようって思考はあるのか、食べかけのお菓子の袋なんかは無いのが救いかもしれない。それでも、飲みかけのペットボトルや空き缶はあるんだけどな……。そりゃ時折虫が出て悲鳴が聞こえてくる訳だと。


 ちなみに二葉。虫が苦手だし驚いて悲鳴を上げるものの、処理は自分で可能だ。見た直後が無理なだけで、冷静になれば余裕で潰してテュッシュで摘んで丸めたりは大丈夫らしい。


「あ、ごめんねふたりとも。急いで片付ける必要が生じちゃったのよ」


 二葉も高校の体操服姿だった。ただ氏姫と違うのはシャツの裾を肩まで、ハーパンの裾も太ももが半分程出るまで捲くっている点か。それに加えて――


「なあ…袖やハーパンの裾を捲くってるのは理解できるんだけどさ。へそ出しの意味あるのか?」


 そうこの義妹。シャツの裾まで捲くって胸の下で縛ってるのだ。お陰でたわわに実った胸の大きさがよくわかる。完全に強調させているようにしか見えなかった。


「手伝いお願いしちゃったからお礼。露出度上げておけば兄さんがやる気になるかなって」


 揺らしながら言うな……わざとだろ。


「お前な……氏姫もさぁ……」


 なにが頭痛いってさ。二葉の言葉を聞いて、氏姫が自分もへそ出しにしようか迷っていることだ。幼馴染の視線が俺の顔と二葉のお腹をいったりきたりしている。


 最終的に現状維持を選んだことに心の底からホッしてしまう。普段から露出の多い二葉は簡単にスルーできるけど、氏姫まで似たような格好になったら逆に俺の集中力が削がれる結果になるのが目に見えてるからな。


 そもそもの話、氏姫のへそ出しとか仮に本人が好んだとしてもあんまり見たくない……とか言ったら我儘になるんだろうか? でも、ビキニ姿は見たいと断言できるんだから、露出の多い服装自体を見たくない訳じゃないんだよな……どっちにしろ我儘言われそうだな。二葉あたりに。


「姫姉さん、兄さんはわたしたちの体操服姿だけでも割と満足度上がるから」


「知ってます。だから今日も体操服にしました」


「……てっきり汚れてもいい格好として選んだんだと思ってたんだが?」


「今回も中々ですね……」


 俺の言葉を無視して部屋の中を見渡す氏姫。まぁいいや。


「だな……さっさと始めるか。いつも通りでいいよな?」


「そうですね。私はゴミを纏めます」


「わたしは逆に捨てないモノを片付けていく」


「んで俺が、部屋から出すモノを片っ端から運んでいくと」


 こうして汚部屋の掃除と片づけが始まるのだった。


「兄さん、ゴミが纏まる前に洗濯物を洗面所にお願いしてもいい?」


 平気でそんなことを言う義妹。


「洗濯物とか普通は兄貴が触るの嫌がらないか?」


「正直、今更じゃない?」


 ですよねー。知ってた。言われたとおりに洗濯物を集めるとしますかね……。そう思ってベッドの手前に散らかっている服を回収していく。つうかさ……洗濯物がベッド周りに散乱してるのって行動が読めてヤダ……。


 1枚、また1枚と拾っていく。相変わらずノースリーブのトップス好きだよな……色は様々だけど……下もミニスカばっか。更に進めて行くと、冬場に穿いていたロングパンツが出てくる……春物と冬物が混ざってるのが流石だ。ん? コレは――


「――おい二葉」


「なに兄さん?」


「奥のほうから薄いグリーンの下着が出てきたんだが?」


「え? あ、それ行方不明になってたブラだ。その辺に同じ色のパンツもあると思う。セットで使ってたから」


「そっすか」


 ベッドの上に作っている洗濯物の山にぶん投げる。なるべく見えないように気を使ったほうが……なんて優しさすら出てこずに、現状1番上に乗っている。二葉もその光景を見て特に口を開かずに、平然と自分の作業に戻っていく。


 だから嫌なんだよ……二葉の部屋の掃除に協力すると肉体的な疲労は当たり前として、精神的にも疲れる。


 氏姫は洗濯物のテッペンにあるブラを2度見して、二葉を見て、苦笑を浮かべて――上に別のブラを置く。更に薄いグリーンだった。そりゃあるよな……1枚だけのはずがない。


「こっちにもありました」


「……氏姫。俺が言っても効果ないから怒っといてくれ」


「成果を約束できなくてもいいなら引き受けますよ?」


「頼んだ」


 実はこのお願い、年に数度あるってのが……な。ある意味で俺も氏姫も二葉同様に慣れっこと言えば慣れっこ。


 パンツもしっかり回収し、とりあえず1回で持ち運べる量を越えそうだと判断。


 ひとまず洗面所に持っていき、戻ってきたときには地域指定のゴミ袋ふたつぶんの燃えるゴミが纏まっていた。そのまま玄関へ運んで置いておく。仕事から帰ってきた両親に怒られるのは俺じゃないから別に構わない。いや、ここ3年くらいはため息だけで怒らなくなったな父さんたち……。


 再び二葉の部屋の戻ったときだった。


「二葉ちゃん、水着が出てきましたよ?」


「え? 水着はクローゼットにちゃんとしまってあるはずなんだけど」


「開封されてる通販の封筒から出てきました。同好会でも使ってるの見たことない競泳水着ですね」


 氏姫から綺麗に畳まれている水着を受け取った二葉は、広げて自分の身体の前に合わせて首を捻っている。ただすぐに思い当たることがあったのか、頷いた。


 ふむ……普通の競泳水着だな。色は少し明るめの赤で白いブランドロゴが左胸の上辺りに刺繍されていた。二葉が買ったにしてはハイレグでもないし、ほんとに普通。


「あ、ああ! あったわ! 元々は同好会用に買ったんだけど、姫姉さんにあげようと思って忘れてた。ってことで、はい」


「私にですか? ……一樹くん、どうですか?」


 差し出された水着を受け取った氏姫は、二葉がやっていたみたいに身体の前で合わせて、そのまま俺のほうを向く。


「似合ってるぞ」


 即答だった。いますぐに実際身に着けているところを見たいくらいだ。


「本当に貰っていいんですか?」


「ええ。わたしと姫姉さんなら胸が苦しいってこともないだろうから、サイズも平気だと思う」


 体操服って地味に身体の線が出るよな……こんな会話を目の前でしてれば比べてしまうのは仕方がない――って、ん? 二葉? なんだか妙な感じが……具体的には、実は言ってないことがあります! って雰囲気だ。


「……二葉ちゃん、なにか隠してません?」


 氏姫も二葉の様子から不審さを感じたらしい。流石だ。


「怒られる前に言っておくと……その水着ね? ポチるのよ」


 うわ……。前言撤回。着るのやめて欲しい。


「ポチる、ですか? ――っ!? ふ、二葉ちゃん!」


 一瞬、意味がわからなかったのか首を傾げた氏姫だったけれど、すぐに理解して顔を朱色に染め上げた。


「当て布もなければ、カップも取り付けられない仕様で……しかも色が明るいから、わかりやすいっていうね。濡れると見事にハッキリと」


 この言いかたは実際に試したんだろうな……。


「そんなの同好会で使える訳ないじゃないですか!」


 俺って存在もそうだし、雪路も居るしな……アイツのことだ歓喜してセクハラするに決まってる。


 一方で……なんだろ、氏姫……俺とふたりきりならワンチャン勇気を出して着そうな予感が……。

 

「うん、わたしでも無理だった」


 自分が無理なもんを幼馴染に渡すなと言いたい。


「私だって無理です! 返します! 二葉ちゃんが責任持って使ってください!」


「ほら、朝兄さんに起こしてもらうこと結構あるでしょ? 布団をめくったらその水着を身に着けた姫姉さんがってシチュどう?」


「変な入れ知恵するのやめーや」


 この幼馴染は、本気でやるぞ?


「…………一応、貰っておきます」


 ほらこの通り。


「氏姫! 絶対にやるなよ!? 信じてるからな!?」


「それってフリだよね兄さん?」


「違うわ!」


 こんな調子で、部屋の掃除が半日で終わるはずもなく。俺が喫茶店のバイトから帰ってきても氏姫は二葉の手伝いを続けていたのだった。

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