兄として知りたくなかった
「んー……静かだ」
プールサイドで寝転ぶ俺の耳に届くのは、氏姫と二葉がバシャバシャと水を掛け合う音だけ。
今日は単純に人数が少なかった。雪路はバイトの面接で、羽山は家の用事で不参加。もっとも俺も午後からバイトなので2時間くらいしか居られない。本日の活動時間はそれだけ。でもわざわざ俺たちはプールまで来ている。
正直、休みにしちゃっても良かったんじゃ? と思うが、気づいたら家の前に集合して学校へと向かっている俺たち3人だった。
てか、そろそろ大学の準備しなくちゃな……買わないとならないモノもあるし……。
ところで氏姫と二葉は新学期に向けての用意は済んでるんだろうか? 絶対に終わってないよなぁ……なにせ、コーチ枠の俺がバイトで来られなくてプールに入れない日以外は基本ここに居るんだから。
そのふたりはと言うと、女の子同士でキャッキャウフフなんて雰囲気は一切なく……無言真顔でただ水を掛け合っているのが不気味だ。時折、顔面にモロ被りしているのに悲鳴はもちろん、驚いたような声すらなければ怒りもしない。というか反応自体が特に無い。
「怖……」
正直な感想をひとことで纏めるとコレだった。遊んでいると言うよりも作業感が強い。
俺の視線に気づいたのか、氏姫と二葉がこっちを見る。タイミングはほぼ同時だった。そのままこちらに向かってくる。それを見て俺も起き上がり胡座をかく。
「んしょっと」
先に上がってきたのは二葉だ。ぐぐっと伸びをしてから、俺の右隣に座ってきた。その拍子に肩が触れ合う。果たして兄妹の距離感なんだろうか? そんな疑問はだいぶ薄まってしまった。本人に聞いても「こんなもんじゃない?」みたいなのしか返ってこないしな。
「ふぅ……」
俺を挟んで反対側に氏姫が腰を下ろして、そのまま寄りかかるようにしてくる。こっちはこっちで遠慮なく体重を預けてくるから、俺も二葉側に傾いてしまった。
「両手に花だね」
「その花々はついさっきまで無表情で水を掛け合ってたんだが?」
「なんか盛り上がらなかったんですよね」
「春休みに入ってからずっと賑やかだったからな」
わからなくもない。休みに入ってからプールに居るときは同好会全員揃ってたからな。5人でも広いのに、3人だと尚更だった。
「面接と家の用事じゃ仕方ないけどね」
「正直、このメンツなら俺か氏姫の部屋で集まってるのと変わらないんだよな」
「……なんでわたしの部屋だけ省くのよ」
自分が1番わかってるくせに。自覚あるから強く言えないんだろ?
「二葉ちゃんの部屋は……まぁ……」
長年の付き合いがある氏姫ですら言葉を濁すレベルだからな……ちなみに雪路と羽山は、二葉が汚部屋の主だと知らない。我が家に来たことはあるし、俺の部屋に入ったこともある。当然のことながら雪路たちは興味ありそうだったけれど、二葉が断固として入れなかったという過去がある。
「どうせ散らかってますよーだっ」
「「……」」
二葉のいじけたセリフを最後に沈黙が下りた。それも数分。
「あ、あの、本当は怒ってないからね?」
「わかってるよ」
心配しなくても本気で怒ってるかどうかはわかる。
「知ってます」
氏姫も同様。
「むぅ……」
納得いってなさそうに頬を膨らませる義妹。わざとらし過ぎる……。
「つついていいか?」
「モチモチしてそうですよね。私もいいですか?」
「いいわ――なんてわたしが言うと思う?」
「これっぽっちも」
「絶対に言わないと思います」
「なんでわたしがイジられる流れになってるのよ……そうだ、姫姉さん」
「私ですか?」
「これから姫姉さんは鏡に映ったわたしです。同じ行動をしてください」
「? いいですよ」
いや、氏姫をイジる気満々じゃねーか。
「まずは身体ごと兄さんの方を向きます」
「はい」
両隣から見つめられる俺。右側の二葉。左側の氏姫。
「ばんざーい」
「? ばんざーい」
「兄さん、わたしと姫姉さんどっちの腋が好き?」
「は? なに言ってんの?」
つい義妹に顔を向けて……視線は腋へ吸い寄せられてしまった。うん、綺麗だ。プールでは常に水着姿だし、私服でもノースリーブ率が高い二葉だ。恐らく、1番腋を見る機会が多い相手だよな……だからなんだって話だが。
「ほら、姫姉さんも見放題ですよ」
反対側に顔を向けた瞬間、腕を下げかける氏姫だったけど持ち直す。触ればツルツルしていそうな腋だ。どっかの義妹と違って恥ずかしげなのも良い。
「氏姫に1票」
「だよねー。じゃあ次」
挙げていた手を自分の胸に移動して膨らみを持ち上げる。それも俺に見せつけるようにだ。
「えぇ……私もやるんですか?」
なんて言いつつ、躊躇したのは僅かだけ。二葉と同じように乳房を支えるようにして持ち上げる氏姫。結果として、俺の両側でそれぞれの胸を持ち上げる幼馴染と義妹の図。
「どっちを揉みたい?」
しかもこんなことを問いかけてくる。
「……」
見比べるモノじゃないと思いつつも、視線が行ったり来たりしてしまうのはどうしようもなかった。
「大きいよ?」
同好会で1番のボリュームを誇る二葉。
「か、形は負けてないです」
俺が背中や二の腕で感触をよく知っている氏姫。
「……氏姫で」
答えつつ思う。なんだこの質問は……。義妹の胸を揉みたいと思うのは普通にアウトだろうに。二葉だって義兄にそんな風に思われてたら気持ち悪いだろ……いやでも二葉の場合……本心の可能性を捨てきれないのが怖い……。そんな節がなくもない。
ところでふたりはいつまで自分の胸を持ち上げてるんですかね? 目のやり場に困るんだが?
「太ももは勝ち目ないし……お尻も無理でしょ?」
なんて考え込む二葉。あろうことか指を動かし始めた。
「えっと……それは流石に恥ずかしいんですけど……」
「あ、ごめんコレは違うわ。完全に無意識だったから真似しないで大丈夫」
「よかったです……」
明らかにホッとした様子を見せる氏姫を尻目に立ち上がる二葉。
「終わりにして泳ごっか」
なんて言って義妹はさっさとプールに飛び込んでしまった。
「なんだったんだ?」
「わかりません」
取り残された氏姫と顔を見合わせたけど、よくわからない。まぁ、こんな日もあるか。
今日の纏め。俺の義妹は考え込むと無意識に自分の胸を揉むらしい。そんな癖、兄として知りたくなかったなぁ……。
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