その5 3番が2番の脇腹――じゃつまらないか。腋をくすぐる

「「「「「王様だーれだ」」」」」


 シャワー前で車座になっている俺たちは一斉に真ん中に置かれたペットボトルから竹串を抜き取った。


「わたしが王様ね」


 王様の赤い印の付いた串を見せながら俺たちを見渡す二葉。まぁ初っ端だし軽いヤツを――


「じゃあ2番が4番をおんぶしてプールサイド1周」


 ――期待していたんだけどなぁ……。二葉はコレが基準になってしまうことを理解しているのだろうか? 


 というか、王様ゲームって水着の男女がやることじゃないと思うんだ。いったい誰が言い出したんだか。


 俺は自分の持つ串の先端に書かれている数字を確認する。何度見直しても『2』だった。いきなりか……。問題は相方だ。


「……俺だ」


「……私です」


 どうやら4番は氏姫だったらしい。照れくさそうにハニカンでいる幼馴染に、俺は内心助かったと安堵の息を吐いてしまった。ある意味、同好会の活動中にもたまにしていることだから抵抗なくできる。


 今日はプールに入るどころかシャワーを浴びる前だったこともあって、俺はシャツを着たままというのも良い。隔てるモノが競泳水着1枚でも平気で胸を押し付けてくる氏姫相手だ。


「さっさと終わらせよう」


「……そうですね」


 二葉たちの視線を感じつつ、立ち上がり背中を氏姫に向ける。幼馴染は俺の肩に手を置くと数秒挟んで飛びつくようにジャンプしてきた。俺の胴体を挟み込んできた彼女の太ももに手を回して支えると同時に、氏姫も手を肩から前に回して俺にギュッと密着してくる。


 背中に押し付けられる膨らみの柔らかさを意識するなと言うのは無理だが、極力表に出さないように努力する。無意識に太ももを数回揉んでしまったのは、氏姫が何も言ってこないのをいいことに無かったことにした。


「合図もなく阿吽の呼吸というか……」


「ふたりも当たり前過ぎて顔色も表情もほとんど変わらないですもんね」


「完全に慣れてるよね!」


 なんて声を聞き流しつつさっさと歩き始める。


 特に特筆することもなく、スタート地点のシャワー前に戻って氏姫を下ろしたところで差し出される串入りのペットボトル。そりゃ1回じゃ終わらないよな……。


「「「「「王様だーれだ」」」」」


 串を確認すると、3番だった。


「あたしが王様ですね! それじゃ……3番が1番に後ろからハグとかどうでしょうか!」


「……私1番です」


「……連続か」


 ま、クジで決まったことだからしゃーないか。ただ……俺からか……。逆なら気楽なんだけどな。


「一樹くんどうぞ」


 先程とは逆に背中を向けてくる氏姫。おんぶされていた間に水着がお尻に食い込んだのか直している。無意識にその動作をしっかり凝視してしまったことを誰かに指摘される前に――とは思う。なのに動けなかった。


「…………」


 数歩前に出て、抱きしめるだけ。俺がする動きはそれだけ。わかってる。


「一樹くん?」


 俺が動かないのを不審がった氏姫が顔だけで振り返ってきた。そっちはいつでもどうぞって感じだけどな……。


「兄さん、やっぱり自分から行くの苦手?」


「え? 脚は簡単に触りますよね?」


「だよね? おっぱいとかは触らないけど!」


 当たり前だろうが! そう叫ばなかった俺は偉いと思う。ただこうしていても3人に好き勝手言われるだけだ。


「…………」


 無言で前へ出て、ドギマギしながらハグ。回した手が間違っても胸に触れないように気をつけながら。プールに入る前のシャワーすらまだの氏姫は、相変わらずいい匂いがした。


「……一樹くん、すごくドキドキしてます……おんぶは平気そうでしたよね?」


「知るか」


 緊張で速くなっている鼓動なんて誤魔化しようがなかった。ただその言葉が俺だけにしか聞こえないボリュームだったのは、氏姫の優しさか……あるいは、この幼馴染も周りに悟られたくないことがあるのかもしれない。なんて思った。


 氏姫から手を離して二葉たちに向き直ると、次に行こうとばかりに串の入ったペットボトルが用意されていた。


「「「「「王様だーれだ」」」」」


「未空が王様です……1番が4番をお姫様抱っこして欲しいです」


「1番……また俺か」


「私、です」


 3連続……? 確率的にはあり得るんだろうけどさ……流石に怪しくなってくる。が、だ。串をいくら見ても細工してあるように見えないんだよぁ……どこからどう見ても普通の竹串だ。


「氏姫、借りていいか?」


「はい」


 氏姫も不審に感じたのか、一緒に串を確認するけれど……書いてある数字が違うだけで、実は色味が微妙に違うとか、長さが違うとか、傷がついているなんてことはなかった。


「兄さん、ほらお姫様抱っこ!」


 二葉が急かしてくる。これで慌てて串を回収してくれれば疑いが確信に変わるんだが、義妹がそんなミスをするはずもなく。羽山や雪路もボロを出すタイプじゃないしな……細工されてるか、仕組まれてるんだろうけど……証拠は自分で見つけないとダメだろうな。


 けどまぁ……さっきからされてる命令が全部氏姫とだし……これが続くなら別に構わない――どころか、心のどこかで喜んでいるのも確かだ。


 氏姫が嫌がらない限り……続けるのもアリか。


 ただ……俺からハグみたいな、こっちからするのは不安になる。怖いと言ってもいい。理性がどこかへ行ってしまいそうで。止まれなくなりそうで。現に氏姫に触れたとき、無意識に指を動かしてしまうことが増えた。彼女の身体を揉んだ感触でそのことを自覚する。


 氏姫からしてくる分には、耐えられるはず……いまのところは。それこそ水着姿で胸を押し付けてきても。


 そういう意味ではお姫様抱っこって絶妙だよな。俺から抱きかかえに行ってるとも言えるし、バランスを取りやすくするために氏姫から密着してくるとも言える。


「一樹くん」


 氏姫に呼ばれて思考から引き戻された。


「いくぞ」


「はい」


 氏姫の背中を右腕で支えるようにしつつ、左腕を彼女の膝裏に差し入れて持ち上げる。自然とバランスを取るために氏姫が俺の首に手を回してきた。お姫様抱っこの完成だ。


 そういやお姫様抱っこって初めてしたな。見た目よりも割と安定している。ただ顔が想像よりも近い……その気になればキスも簡単にできてしまいそう。


 氏姫が俺の口元に視線を向けながら、意味深に自分の唇を舐める。俺は気づかなかったことにした。


「どう? 姫姉さんの体重は」


 おんぶのときはスルーしてたくせに意地悪いよな。ここで重いとか言ったら俺の腕力が弱いみたいじゃん?


「お前より軽いぞ」


「……兄さん? どういう意味かな?」


「言葉通りだが?」


 実際のとこ、二葉のほうが重く感じるし……。なんで知ってるかって? このブラコンは俺に無断でおんぶしろと背中に飛び乗ってくるからだ。


 というかそもそもの話、氏姫と二葉ならお互いに正確な体重を把握してそうだけどな! 俺に言わせたいだけだろ!


「身長は氏姫さんのほうが高いですよね?」


「あ、おっぱいの分じゃない!?」


 そこを掘り下げるのやめろや。いまなら俺の感覚って話で済むけど、数値を出さないとならなくなるだろ?


「んん! さ、次いきましょ」


 二葉が切り替えるように串の入ったペットボトルを差し出してきた。ったく。


「待った。俺が最初に選んでもいいか?」


 氏姫を下ろしながらそう言ってみる。


「構わないわ」


 動揺することなく頷く二葉。羽山と雪路も平然としている。あえて俺に近いモノじゃなくて二葉側のを選んだ。続いて氏姫、雪路、羽山、最後に残った1本を二葉が持つ。


「「「「「王様だーれだ」」」」」


 3番だった。


「わたしが王様ね」


 赤い印の串を見せてくる。不自然さはない。ダメだわ、なにかしら仕組んでるんだろうけどわからん。このまま続けるのは危険過ぎる。


「そうね……3番が2番の脇腹――じゃつまらないか。腋をくすぐる」


「…………」


 3番だと申告するのを躊躇う俺。


「…………」


 幼馴染が隣で息を呑んだ。もう聞かなくてもわかる。氏姫が2番なんだろ? 横を見るとその目が訴えている「無理です!」と。だよな。腋をくすぐられるとかアウトだよな。しかも水着姿で。


「そろそろ最後だろうし、1番と4番が逃げられないように押さえる感じで」


 視線でやり取りする俺たちを知らんぷりして進める二葉の発言内容が酷い。


「はい1番です」


 羽山……随分と楽しそうだな?


「あたし4番!」


 雪路……本音はくすぐる側になりたいのが透けてるぞ――ってそうか。雪路は条件次第で味方にできるし、羽山は面白そうならノッてくる可能性があるのか。なるほど、ね。


「……みんなに見られてるのにくすぐりは……嫌、です」


 今日初めて拒んだ氏姫。ん? 待て? その言い方だと、俺にくすぐられること自体は嫌じゃない?


「見られてなければ兄さんにくすぐられるのは良いの?」


「……はい」


 確認しちゃう二葉も二葉なら、肯定しちゃう氏姫も氏姫だった。


「水着姿でも?」


「…………はい」


「だって兄さん」


 この義妹は1度痛い目に遭ったほうが良いのでは? そう思わずにはいられない。というか決めた。これから遭わせる。


「ところで二葉。王様って革命を起こされることあるよな」


「……」


 俺の言葉で敏感に危険を察知した二葉が逃げようとするが、その腕をガシッと氏姫が掴んだ。


「ゆきちゃん、今度私の胸を5分くらい好きにしていいので革命に参加しませんか?」


 氏姫は自分が同好会メンバーの前でくすぐられるくらいなら、自分の胸を差し出してでも二葉への革命を選んだ。


「喜んで!」


 雪路はくすぐる側になりたそうだったし、速攻で味方になった。


「羽山はどっち側だ?」


 暗に、くすぐる側か、くすぐられる側、どっちを選ぶんだと匂わす。


「革命軍に参加します」


 結果プールサイドに寝転ばされ、左腕を羽山。右腕を氏姫。両足を俺に拘束され、大の字を強いられる形になり顔を引きつらせる二葉。そんな義妹に馬乗りになって無防備になった腋へ手を伸ばす雪路の図が完成するのだった。


「ちょっ、待って! なんでわたしだけなのよ! そもそも王様ゲームって言い出したの羽山さ――」


「ゆきさん、思う存分くすぐっちゃってください」


 二葉の言葉を遮る羽山。元凶そっちか……。


「お任せ! ちなみに阪口先輩と小田ちゃんだけを狙おうって言い出したの阪口ちゃんです!」


 おし、このまま実行だな。


「よし、雪路ゴー!」


「きゃははははははっ! やだあ!」


 二葉は全身がぐったりとするまでくすぐられることになるのだった。汗びっしょりだけど、まぁ水着だし?


 ただ、ハイカットの競泳水着を身につける義妹の足を押さえると……様子を確認するたびに、目のやり場に困ることになったのは言うまでもない。腕を押さえれば良かったな……でも、羽山や氏姫がひとりで二葉の足を押さえ込めるかと言うと難しいのも事実だった。

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